鹿島美術研究 年報第16号別冊(1999)
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-12117写本のカプリコルヌスとほぼ同様の描写がみられる)。共通している。ことに,少し細い顎の輪郭線,小さい耳,あまり反っていない角,目とその上に描かれた線の特徴,首から胴体にかけてゆるやかにカーブを描く輪郭線などは,サン・スヴェール写本のこの生き物の表現に酷似している(V-309写本にもFサン・スヴェール写本のこの生き物の上半身の描写は,F12117写本のカプリコルヌスの上半身の描写と細部にいたるまで類似している。それ故,下半身の表現については,魚のような下半身を持つカプリコルヌスの表現の図像伝統を参照したか,あるいは,この挿絵の青い円環に描かれている他の魚の表現との調和をはかるために,これらの魚のものと同様の鰭を描いたものと推測されうる。さらに,F12117写本の魚〔図7〕の細長い形,丸い目,弓の形をした偲,尖った口の上部が下部よりも突出している点,口の上の窪みなどの細部の特徴も,前述したサン・スヴェール写本の魚、の表現に認められる特徴であるということも付け加えておきたい。4)脚の六本ある生き物サン・スヴェール写本のf.139v.〔図3〕の画面の下半分に描かれている海の表現の中に,脚が六本ある生き物が見出される。この生き物も星座図の蟹を起源とする表現であると推測される。サン・スヴェール写本のこの生き物は楕円形で,丸い大きい目があるが,顔の部分の輪郭は三角形に近い形で,口の方が少し尖っている。このような特徴もやはりF-12117写本の蟹の表現〔図8〕に認められるものである。本稿において言及したこの他の写本群には,このように口の方が尖った楕円形の輪郭を有する蟹の表現は見出されない〔図12,13, 14, 15, 16〕。以上の点においても,F12117写本の星座図の生き物の表現とサン・スヴェール写本の生き物の表現との類似性が確認されるのである。おわりにサン・スヴェール写本に描かれた数々の動物は,繊細な線描を生かして,透明感のある色彩によって賦彩がなされている。しかも,全身がほぼ同じ色調で彩色されている。サン・スヴェール写本挿絵の中でも,とくに,これらの生き物の表現に上述したような描法が用いられていることは,その描写に際して何らかの共通のモデルが存在したのではないかとの推測を可能ならしめる。本稿で言及した様々な写本挿絵の星座239

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