(1) 以下,この写本を『サン・スヴェール写本』とする。この写本は南西フランスの11)。図の多くは,色彩を用いず,線描主体の描写がなされていたoF-12117写本にも,さまざまな星座図が繊細な描線の動きを生かして描かれているが,その中には,生き物の全身に,ほぼ同じ色調によって賦彩がなされているものがある。第二章において記述した生き物の細部の特徴に加えて,このような繊細な描線と透明感のある色彩による描写法にも,これらの写本の一連の挿絵の類似点を見出すことができる(注9)。サン・スヴェール写本のこれらの挿絵の制作に関わったと推定されるステファヌス・ガルシア(注10)が活躍した時期と,F-12117写本挿絵を描いたとされるインゲラルドが活躍した時期は,いずれもこれらの写本が制作された修道院の修道院長の在位期間を参考にして推測せざるをえない。サン・スヴ‘エール修道院長グレゴワール・ド・モンタネの在位期間(1028-1072年)とサン・ジェルマン・デ・プレ修道院長アドラルドゥスの在位期間(1030-1060年)はほぼ同じ時期である。これらの写本の聞に直接の影響関係があったか否かについては現時点では断定することはできない。この点に関しては,今後,インゲラルドの作とされている写本群の調査を行うとともに,両修道院聞における何らかの交流の可能性についても調査した上で慎重に検討する必要があろう。いずれにせよ,この二人の同時代の画家によって描かれた挿絵の繊細な線描と透明感のある色彩により醸し出される優美な画風に,サンテイアーゴ巡礼路などを通じてひろがりつつあったロマネスク期の絵画様式の反映を認めることは可能であろう(注なお,中世の宮廷および教会において天文学が重要な役割をになっていたということは,多種多様な星座図が各地で制作されていたということからも推測されうるであろう。このような状況を想起すると,星座図像に起源を有すると推定される一連のモチーフが本写本に取り入れられたことも,決して偶然であるとは思われないのである。、伍サン・スヴェール・シュル・ラドウール修道院の修道院長であったグレゴワール・ド・モンタネ(10281072年在位)に献呈されたものである。『ベアトゥス写本』とは,スペイン北部のリエパナのサン・マルテイン修道院のベアトゥスによって8世紀末に著された『ヨハネの黙示録註解書』を原本とする写本群のことである。これらの写本に関する参考文献については,拙稿「二十四長老による札讃図像に240
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