鹿島美術研究 年報第16号別冊(1999)
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(3) ホール左側はやはりガラス扉で仕切られ,レベル差のない通路は北側階段室とのへと昇降する人を速やかに通過させる場となっている〔図4〕。聞の流れをつくっている。以上のようなひとつの出入口がもっ3つの動線の流れは,一定の短時間に多くの学生が移動するという大学特有の人の流れを想定した計画であったと考えられる。建物全体の構成やエントランスホールに認められる計画は,ヴァルター・グロピウスがデッサウ・パウハウス校舎で展開した,機能と合理に導かれながら自由に伸長する空間構成,そして人間工学に基づいた視点と共通するものである。しかしタウトがこの建物に機能と合理を最優先させたのであれば,3つの階段室それぞれに入り口を設けるという常套的な手段によって,いっそう速やかな人の流れを実現できたはずである。実際,大学における人の出入りは単一の流れではなく,複数の流れが短時間に集中することが通常であるため,この小さなホールを備えた出入口が十分な機能を果たしているわけではない。インターナショナルスタイルの視点に立った場合,設計上の過ちとも指摘されるこの出入口が,ひとつでなければならなかった理由を考えるならば,インターナショナルスタイルにおいては拒絶されるべき建物の強い正面性,もしくは通りに面した壁面全体のアウトラインの強調との関係以外にはない。たとえば北側階段への出入口が建物に向かつて左側に設けられていた場合,言いかえれば,建物正面にもうひとつの出入口が設けられていた場合,緩やかな円弧を描く壁面からわずかに奥められながら連続する壁面は,一連なりではなく分節された壁面となる。壁面が分節されて認識されることによって,緩やかな円弧を中心に展開する建物全体のアウトラインは浮かぴ上がらなくなり,緩やかな円弧を取り入れた造形にこめられたタウトの意図が消滅する結果になる。これは次に述べるトルコ風のモチーフに関わる問題でもある。円弧を描く壁面を中心に翼部が左右に伸びるこの建物は,正面性が強調されてはいるがシンメトリー構成ではない。入り口左右は,大小の曲面によるアシンメトリーな構成であり,建物の正面性をむしろ回避する役割さえ果たしている。タウトは歴史主義の建築が持つシンメトリー構成ゆえの正面性をアシンメトリーな造形で回避しながら,正面性が持つ記念碑的な表現を与えたものと考えられる。正面性を強調したこのような計画は,すでに1930年代のモスクワにおけるいくつかの作品に認められることが指摘されている(注4)。しかしそのいずれもが実現には至-279-

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