@ 絵巻物における異国表現(1) 古代・中世における異国像研究者:サンリツ服部美術館学芸員伊藤真弓はじめに13世紀から14世紀にかけて描かれた絵巻物の中には,異国や異界を表現するものが少なくない。これは当時それだけ異国や異界への興味が高まっていたことの表れであろう。以下は,異界を表現するものも含めて異国表現とし,報告を進める。さて,絵巻物の中に描かれた異国の場面を分類すると,①天竺,中国,新羅,百済などの外国,②竜宮,地獄・天などの六道世界,③霊力の示現した場や夢の世界,という三種となる。第一は外国としての異国,第二は経典などに記された想像上の異国(異界),第三は現実には存在しないと考えられる,実生活と隔絶された異国(異界)である。画家はこれら異国を直接体験したわけではないが,異国の風土を描くために知り得るかぎりのあらゆる知識を尽くし,また異国の文物を参考としながら想像豊かに描いたといえる。異国の知識として画家の参考の対象になった材料には,異国を題材とした絵画資料や,当時存在していた舶来品が想定される。当時の日本において異国の風物を描いたものは異国の宗教である仏教を主題にした絵画や,水墨山水画などの中国絵画の存在が考えられる。今回の研究では,特に13世紀から14世紀にかけて制作された絵巻物を中心に,異国の場面をどのような題材を用いて描いたかを検討するとともに,描かれた異国が在来の異国を描いた絵画や舶来文物から多くの着想を得た可能性を考察し,試みに論じるものである。異国とは,今日では外国という意味でとらえられ,現実に目のあたりにすることができる想像可能な地であるが,古代・中世の日本人が,異国をイメージすることにはかなりの制限があった。当時の日本人が訪れることが可能な異国は恐らく中国や新羅などの近接地であり,それも遣唐使や留学僧などのごく限られた一部の人々であった。したがってそれ以外の外国は全く想像不能で、あり,空想、に頼るしかなかったはずである。異国の「異」とは,自分たちの国の外側の世界が自分たちの尺度で計りながらなお一288-
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