鹿島美術研究 年報第16号別冊(1999)
329/759

ハ叫uqtu Cupids)」(ただし彼も模写かタッサールによる版画を参照している)' 1863年のアンドルセンの複製版画目録においては模写と一緒に「サテュロスの上に乗るニンフ(Dieauf dem Satyr reitende Nymphe)」,さらにその後はマーニュ(1914年)「パッカナーレーサテュロスに運ばれるニンフ(Bacchanale.Nymphe portee par un Satyre) J ,グラウトフ(1914年)「森林のパッカントのいる風景(BacchischeSzene im Wald巴)」,フリートレンダー(1914年)「サテュロスの背に乗るニンフ(Nymphe,die auf dem Rticken eines Satym reitet)」,ブラント(1966年)「ニンフ,サテュロス,ファウヌスとクピドたち(Nymph,Satyr, Faun and Cupids) J,テュイリエ(1974年)「サテユロスに跨がるニンフ(Nym-phe chevauchant un Satyre) J,ヴイルト(1980年)「世俗の愛(Amorvolgare)」(ただし模作として),ライト(1985年)「サテュロスの背中のニンフ一世俗の愛(Nymphson the back of a Satyr (Profane Love))」,オーバーフーパー(1988年)「ニンフ,サテュロス,ファウヌス,そしてクピドたち(Nymph,Satyr, Faun and Cupids)」とめいめいに記されてきた。文献で付されたこれら題名を振り返ってみると,だれも明確な主題が見出せていない事実が理解できる。実際これまで意味内容にまで踏み込んだ議論を行った文献は極めて少ない。その中でブラントは,連作との繋がりでこれを簡略的ながら読み解いている。彼はまずこれと関連するエルミタージ、ユの〈山羊に跨がるニンフ〉〔図4〕(B199/T82)に触れ,その寓意は,左隅で争うアンテロスに対するエロスの喧嘩が示す「報われぬ愛の復讐者」に対する「真実の愛」の勝利であり,それが官能性を象徴する山羊をプットーが花綱でヲ|く行為に反復されるとし,それは「結婚の隠輪」であると解釈した。そして〈サテュロスに跨がるクピド〉もこれに連なる主題であるとし,子供が笛と特異な杖を持つところから半獣の男はサテュロスではなくパンであると言い,ニンフの行先を指示する専横な身振りにサテュロスの服従が示されていると見る。ニンフはそれゆえ実はヴィーナスで,クピドに助けられてパンを服従させている図像なのだと言う(注14)。ヴイルトとライトが後年に「世俗の愛」の題を与えたのも,人物の同定はないものの類似した解釈をしたと言えよう。オーバーフーパーもこの絵の主題は「結婚の隠輪」と見ているが,これをさらに1629年の春から描き始められたボストンの〈マルスとヴィーナス}(Bl83/T61)と同時期・同主題としている。〈マルスとヴィーナス〉は官能的な性格に重きを置き,マルスが武器を手放すことに跨暗いなが目S去では「サテユロス,クピドたちとともにいるニンフ(ANymph with a Satyr and

元のページ  ../index.html#329

このブックを見る