鹿島美術研究 年報第16号別冊(1999)
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(1)は左右端に唐突に土壌に桜,杉の野外景が組合わされるという不合理な描写が見ら(1)の遊女と禿の姿は,典型的な立姿パターンの「文使い図」であるが,その手には同制にも踏襲されており,Cグループの中でもCとくくるべき1グループを形成している。このようにCグループを見てくると,(6)ホノルル本は定型的図様の中でも最も典型として,後続する作品に大きな影響を与えた重要な作品と思われる。そうして,B・Cグループの関係から判断すると,現存する諸作品の中で最もオリジナルなかたちを反映しているのは,(4)本興寺本であるが,(6)ホノルル本もあまり時間を隔てず,成立したと思われる。Aグループの作品2点はそれぞれ構図が全く異なるが,どちらも[誰ケ袖図」と「文使い図」を組み合わせた構成であり,顔貌の表現や桜,鉾杉の画風,背地の金銀野毛の散らし方など,一見して良く似ている。しかし,(1)根津本の遊女の方が顔貌が個性的で強い表現に対し,(2)高津本の遊女は柔らかく細い線で穏やかな表情を示し,額にかかる髪の線などに相違が見られる。また(2)は,手紙を持つ手の向きや衣桁に掛けられた小袖の形に若干間違いがみられるなど,筆力に差がある様に見受けられる。他方,れ,奇異な印象を与えるが,これは画面全体の紙継ぎに乱れがあることと関連しているかもしれない。ただし,左右端の花木図の部分は補彩の可能性が強いが,画面中央の図様が連続している部分にも紙継ぎが多数見られるなど不審な点が多く,判断に難しい〔図15〕。手渡される筈の文が見えない。類品である出光美術館蔵の「文使い図J,寂光寺蔵の「伝江口君像J,徳川美術館蔵「伝本多平八郎姿絵Jなどと比較すると,後ろから逆にかたちの継承と共に意味のずれが生じている様に思われる。他方(2)の遊女と禿の姿は,互いの行動に連続性が見られず,「文使い図Jというものの,横座り姿パターンなどの他作品とのかたちの継承性はない。むしろ後の浮世絵遊女図に度々見られる,「文読む遊女図」のかたちに近い。こうした事柄は今後,「文使い図」成立の課題として検討したい。四.扉風絵作品以外の「誰ケ袖図」最後に,「誰ケ袖図」図様の成立の事情について若干の補足的見解を付け加えたい。扉風絵形式以前の「誰ケ袖」の絵画化の例を探すと,蒔絵や染織の意匠が存在する。一334

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