⑮ 時宗における祖師肖像画の研究研究者:彦根城博物館学芸員高木文恵はじめに時宗の美術は,近年肖像彫刻の特色が次第に明らかにされつつある。しかしその一方で,時宗の絵画といえば,『一遍聖絵』(1299年成立,歓喜光寺・清浄光寺・東京国立博物館分蔵)や『遊行上人縁起絵』(1303〜7成立か,原本は失われ模本が伝わる,清浄光寺他所蔵)などの祖師絵伝をのぞいて研究があまり進んでいないのが現状である。特に肖像画は,時宗にとって非常に重要なものであるにもかかわらず,その研究は未だ断片的なものにとどまっている。ここでは,時宗の肖像画,特に祖師一遍智真(1239〜89)と,一遍の弟子で三祖の他阿真教(1237〜1319)の画像を中心に調査を行ない,時宗の肖像画の意味を考えてみたい。時宗では,二祖真教は,実質的な教団組織者であるため,開祖一遍同様崇拝され,多くの肖像が制作されている。今回は全ての肖像画を調査することはできなかった。従って,調査できなかった作品についての記述は,写真で確認できる範囲にとどめた。一一遍上人の画像一遍の肖像画の原型は,一遍没後間もなく兵庫の御影堂に記られた彫像の一遍像であると考えられている。『一遍聖絵Jに見るその像は,等身大で,念仏札を挟み持つ遊行像である。現在確認できる一遍の画像は,ほとんどが同工の作で,早い時期から一遍像としての像容が定着していたと考えられる。神奈川県立歴史博物館蔵〔図l〕画面向って左を向いて立つ一遍を描く。一遍は,念仏を唱えて賦算する(念仏札を人々に配る)遊行の姿である。時衆の着衣である阿弥衣の上に袈裟を着し,手には五枚の念仏札と数珠を扶み持ち,素足で右足を前に踏み出し,少し前屈みにあらわされる。尖った頭頂,つりあがった太い眉,高い鼻,細く突き出た顎,聞いた口からは二本の大きな前歯がのぞいている。真っすぐ前を見据え,しかめたような表情で,額には敏が刻まれている。筋ばった細長い腕や脚で,精惇な意志の強い人物像が浮かぴ上(1)一遍上人画像l幅南北朝時代紙本著色縦62.5cm横31.Ocm 361
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