鹿島美術研究 年報第16号別冊(1999)
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れている口髭によって,見る人はこの人がヴイルヘルムE世であることが分かるのであり,“ドイツの口髭”というタイトルからその推測はさらに確かなものとなる。歪められて醜く描かれた目と口は上を向いている髭と共に,絵を見る側が描かれた人物をネガテイブに捉えるようにする十分な仕掛けとなっている。ヴェルネル・シュマレンバッハが指摘しているようにこの作品はヴイルヘルム時代の茶化しであり,後に素描〈怒鳴り散らすヴイルヘルム皇帝〉,水彩画〈前一皇帝〉(1921年作)の中に引き継がれることは確かであろう(注5)。さらに,筆者はここでこの作品が,グロッスが1917年から1919年の聞に描いた〈ドイツ冬物語〉の一部分から借用し,変容した形で描いた可能性が非常に高いということを主張したい。1917年と19年の間,グロッスは彼の最も重要な作品の一つで,第一次世界大戦の悲惨な現状を描いた〈ドイツ冬物語〉を制作する。三角形を成している中央の人物と画面下端の3人の人物以外に,背景を成す諸々の事物や人物,そして建築的なモティーフ等を切れ切れに分節された面で構成しこれによって混沌とした雰囲気をその明暗の強烈さと共に作り出している,このグロッスの〈ドイツ冬物語〉の中で,下の真中のひげをはやした草人は,前に取り上げたクレーの作品〈ドイツの口髭をした頭部〉の人物と多くの点で類似性を見せている。表情は少し違うにしても髪のない頭部や捻じられた髭が主に作り出す滑稽さがその一つであり,そしてクレーの作品における一種の破片化による画面構成は,グロッスの作品における構成と非常に似ている。クレーの方が単純化した面による抽象化がもう少し進んで、いるにせよ,正方形とか完全な長方形とかではなくやや鋭角的で多様な大きさと形で分割されたそれらの面は,グロツスの作品での面の切り方と大変類似しているのである。さらに,両方ともそのタイトルにドイツという国に関わる固有名詞が入っていること自体も,ただの偶然とは思えない。このように,グロッスの〈ドイツ冬物語〉より約2,3年後に制作されたクレーの作品〈ドイツの口髭をした頭部〉を前者と比較した際に発見できる類似性が,部分的な借用によるものであるだけに,そしてクレー的な描き方で巧く変容されているだけに,すぐには発見できないことがしばしばであるとはいえ,同時代の他の作家たちにはあまり見られない作品の相互連関性から,両画家の影響関係が存在したことは十分推測できると思われる。(2) {怒鳴り散らすヴイルヘルム皇帝〉とくドイツのペスト〉等374

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