(3) {悩む背の低い男〉と{G事件〉軍国主義,法と公的秩序の観念などを攻撃の対象にした『デイ・プライテ(破産,Die Preite)』誌の1919年5月号の表紙デッサンであるくドイツのベスト〉で,グロッスは軍国主義や既成秩序を代表する軍人をプロフィールで簡潔に描いている。全体的に単純な表現の中で,上を向いている髭とまゆげは目立ち,さらに残忍でありながら浅薄な雰囲気の目も強調されている。ドイツにおいて早く去るべき恐ろしい病として描かれたこの軍人もまた,描き方の違い,側面向きと正面向きの相違点はあるにせよ,クレーの〈怒鳴り散らすヴイルヘルム皇帝〉と幾つかの点で類似性を見せている。胸像ということがその類似性を際立てる面もあるが,強調し,歪曲する人物の描き方がその主な理由であろう。グロッスの方が控え目にデフォルメされてはいるが,醜さを強調する方法で対象を皮肉っていることに対して,クレーの作品では歪曲と強調の両方を取っていると言えるであろう。そして,二っとも線描で描かれたことは言うまでもないが,その鋭い線によって表現された人物は二人とも政治的権力者であることがその服装と題名からすぐ推察できる。しかも,それらは見る側に笑いを誘う皮肉さを潜めている。主に人物の髭の形からくる印象がその原因となっているともいえる。1919年頃からクレーが彼の作品においてよく取り入れる,等高線のような横線で建築物や人物を何層も分節して描く方法を取っている,〈怒鳴り散らすヴイルヘルム皇帝〉は,全体的に人の形状というより犬か馬のような動物に近い印象を見る人に与える。頭の頂点に描かれた,旗でもなく角でもないような形態は戦争を指揮する司令官としての象徴でもあるヘルメットを表わしているのであろう。軍国主義者のヴイルヘルム皇帝を描いたこのペン画においては,胸章等のアトリビュート以外に,一番目立っているのは引き上げられた髭であろう。これは,それぞれの人物の地位を表わす諸々の装飾物と共にグロッスのくドイツのベスト〉を始めとする反軍国主義的風刺画との類似性を引き立てる要素でもある。作品により近づいて見ると,〈怒鳴り散らすヴイルヘルム皇帝〉において,人物の髭と共に耳の周りに生えている髪の毛の表現,眉毛,さらには細くて小さい自の表現もグロッスのくドイツのベスト〉においての人物の表わし方と類似していることが分かる。政治風刺ではないが,クレーが1919年に描いたベン画の〈悩む背の低い男〉もまた,グロッスが1918年に制作した{G事件〉からの借用のーっとして推定できるであろう。一連の異なる場面が同一平面に同時的に並列する手法で描かれた大都市の暗い事件(殺-375
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