鹿島美術研究 年報第16号別冊(1999)
397/759

でドローネーの鮮やかな色彩で描かれた円環のある作品を見る機会をベルリンで、持ったと思われ,ドローネーのそうした作品を同年末以降のカンデインスキーの作品に比較できるとしたラングナーの指摘もあるが(注31),両者の造形上の特徴はすでにそれ以前の作品に現れてきているため,ドローネーの作品がカンデインスキーに強い印象を与えたのをラングナーのいう1913年末以降とするのは時期的に遅すぎるように思われる。むしろカンデインスキーがすでに目にし,評価していた〈サン・セヴラン教会〉,〈エッフェル塔〉,〈街〉の三シリーズから,カンデインスキーがドローネーの何を評価していたのかを検討する方が有益であろう。ドローネーは,1911年12月18日に始まった「第l回青騎士展」に6点を出品している。油彩作品は1909年制作の〈サン・セヴラン教会〉〔図3参照〕,1911年の〈エッフエル塔〉〔図4〕,1910年および11年の2点の〈街〉であり,その他に2点の素描も並べられた。画面周縁から中央へ向けて徐々に奥へ進む構成をとり,主に青と緑を基調にそれらの色調を変化させて深みのある奥行きを出す〈サン・セヴラン教会〉は,静誼で冷ややかな教会内部の雰囲気をよく伝え,もっとも奥まった部分にある窓には光が射して画面にアクセントを添えている。キュピスムの創始者であるピカソとブラックは,この時期風景主題の作品もよく描いている。しかし室内空間をあらわしたものはまず見あたらない。その後の彼らの関心はもっぱら静物と人物像になって,やはり室内空間そのものを描くことはなかった。〈サン・セヴラン教会〉のシリーズは,ドローネー自身が「セザンヌからキュピスムという破壊的な時代へ移行する時期」の所産と述べたものである(注32)。ドローネーはセザンヌを重要視してきたこと,セザンヌの影響を受けてきたことを自ら認めているが,〈サン・セヴラン教会〉に見られる奥行きある空間の効果はしばしばセザンヌの〈大水浴〉のような作品を想起させてきた(注33)。もちろんセザンヌの作品はマテイスの〈生きる悦び〉やブラック,ピカソの初期キュピスムの風景画にも通じている。ともあれそのセザンヌの〈大水浴〉はカンデインスキーの著書『芸術における精神的なものjに図版掲載された8点のうちの一枚であり,セザンヌはカンデインスキーが生涯にわたって称賛を惜しまなかった画家でもあった。カンデインスキーがドローネーとセザンヌを関連づけた言及はないようであるが,著書の刊行とほぼ同時期に初めて写真で見たドローネーの作品にいわば一目惚れをして,早速「青騎士展」への参加を呼びかけてもいるのは,抽象の対極にありながら偉大なる写実としてアンリ・ルソーをとりわけ高く評価していたように(注34)'387

元のページ  ../index.html#397

このブックを見る