鹿島美術研究 年報第16号別冊(1999)
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捺されており〔図7〕,「兄弟jという添え書きがあった。これ以外に1点のみ中期アッシリア様式円筒印章があり(テキスト22),アッシリアからの搬入品の可能性もある。後ろ脚だけで立ち上がる右向きの馬と同じく後ろ脚で立ち上がる左向きの有翼のライオンであろう。細部表現は不明であるが,躍動感あふれるモチーフである。また,1点のみキプロスで見られるような地中海風円筒印章もある〔図5〕。粘土板文書における共存このようなさまざまなグループの印章が1枚の粘土板に同時に使われるという現象は極めて珍しいことである。一つの様式と別な様式とがその時点に共存していたことになるからである。大方の予想通り,横型シロ・ヒッタイト型粘土板文書にはシロ・ヒッタイト様式の印章が多く使われ,縦長シリア型粘土板文書にはシロ・ミタンニ様式やシリア様式が多い。ただ,テキスト22は横型シロ・ヒッタイト型粘土板に中期アッシリア様式の印章が捺され,テキスト40も横型粘土板に地中海風の印章〔図5〕が含まれている。エマルの粘土板の形や書き方が2種類あるのは書記の違いであり,あらゆる契約がヒッタイト系およびシリア系のどちらかの公証人役場のような所で,書記が公証人となって文書を作成していたと思われる。このエマルの特殊な事情は大変興味深い。印章の使用に関する知見50点の粘土板文書のうち断片2点以外すべてに印章が捺されている。印章を捺した印影の上下に模形文字で「××の息子,00の印章」と氏名が書き加えられている例が多い。これによってその印章を使用した人物がわかる。印章自体にも銘文がある場合,添え書きの名前とたいてい一致しているが異なる場合も4例ある。その息子が使用している例や,同じ印章が2枚の粘土板に使われて添え書き名が異なる場合も2例あり,興味深い。粘土板の印章への添え書きの有無の統計をとってみると,縦長シリア型粘土板21点のうち,文中に証人名が記載されているのが20点あり,そのうち4点(19%)には印章に添え書きがあった。また,横長シロ・ヒッタイト型粘土板27点のうち,証人名の記載の有無に関わらず印章に添え書きがあるのは21点(81%)である。つまり傾向とエマルの印章への添え書き一一-527-

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