鹿島美術研究 年報第16号別冊(1999)
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⑪狩野芳崖の写生帖天瑞寺永徳画縮図の紹介をかねて一一研究者:東京国立近代美術館美術課研究員古田l,研究の概要本研究は,狩野芳崖研究の基礎資料となる写生帖類の総合的な調査,研究の一貫として位置付けられる。まず,関千代,佐藤道信両氏によるこの分野の先行研究を確認しておこう。関氏は,東京芸術大学に所蔵される芳崖関連資料を詳しく調査しその紹介を行った(注1)。また,佐藤氏は芸大資料とともに東京国立博物館所蔵模本を調査した上で芳崖の古画学習の傾向を分析し,イメージ・ソースとしての中国画,古画をその縮図の中に求め,中国哀派との関連を指摘した(注2)。佐藤氏はまた,芳崖晩年の山水表現について考察し,西洋ロマン主義絵画とのアナロジーを見ながら芳崖芸術の独自性を論じた(注3)。本研究は,これら先学の研究に多くを依りながらも,次のような新しい視点に立って,芳崖資料を再調査することを主眼としている。まず,報告者の興味の中心となるのは芳崖の風景スケッチであり,これは報告者のこれまでの研究,すなわち近代風景スケッチの展開に関する研究を深める意味合いがある。もうひとつは,芳崖理解それ自体に関わるが,写生帖類の詳細な調査によって,芳崖の事跡を細部まで確認することと,縮図やスケッチの中から特に本画に活かされた資料を確認すること,である。実際の調査は,まず,東京芸術大学に所蔵される芳崖資料を同大学大学美術館の御好意により閲覧調査することから始められ,次に先年堺市博物館で展観された写生資料を大坂城天守閣および大阪在住個人の御好意によって閲覧調査を行った。さらに出身地である下関市と山口市を訪れ取材し,関連作品の実見も行った。また,可能な範囲で芳崖が描いている場所や寺社などを現地取材した。以上のような調査研究によって,報告者は多くの新知見を得ることが出来た。その成果の一部は,すでに芳崖の絶筆〈悲母観音〉に関する考察の中で示すことが出来た(注4)。ここでは,今回の調査によって新たに確認された事項を中心に,要点を絞って報告したい。すなわち,芳崖が安政4年に行った旅行に関する報告,天瑞寺の狩野永徳筆障壁画縮図についての報告の二項目である。亮581

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