鹿島美術研究 年報第16号別冊(1999)
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ハ同d⑬米国所在天神縁起絵巻の研究一一ニューヨークパブリック・ライブラリー所蔵スぺンサ一本を中心に一一研究者:青山学院大学非常勤講師須賀みほ縁起絵巻の制作に関する研究,ことに,類本の転写派生についての考察において,天神縁起絵巻諸本は,その類本数の多さに加え,縁起絵が隆盛に向かう直前の十三世紀中にいくつもの作例を残している点で,たいへん重要視される作品群である。しかしながら,それら諸本の系統関係の把握については,現在のところ未解決の問題が多く残されている。諸本の調書は,その冒頭の句によって三つのグループに大別されるが(注1),これは絵の系統にはそのまま適用することができない。また,現存最古の大作承久本は,未完の作例である上,それが縁起文を絵画化した,絵巻として最初の作品であるか否か,すなわち絵画化の初発性を有するかどうかについても,諸説は一致を見ていない。筆者はかねて,これら諸本の系統関係の考察を進める中で,初期の絵の成立に関わるものとして,承久本以下,ほとんどの諸本にない「時平呪誼」ほかのいくつかの段を持つ,杉谷本,大生郷本等,十五世紀の地方の作例に注目していた。だが,それら国内に現存する作例聞の図様比較においては,互いの派生関係を把捉することが困難であったため,それらの祖本(注2)の図様想定には至らなかった。ところが,本研究において,米国所在の天神縁起絵巻の調査を行った中で,とくに,これまで詳しく取り上げられることのなかったニューヨークパブリック・ライブラリー所蔵のスベンサ一本六巻が,こと杉谷本との緊密な関連において,この縁起の絵画化の問題に関し,重要な示唆を持つ作例であることが見出された。そこで,以下,本報告書においては,この問題を中心に述べたいと思う。スベンサ一本は六巻の構成に調,絵,それぞれ四十三段を有する作例で,託宣記と社殿建立語を含む後半の一部に錯簡が見られる。人物の衣,樹木等のモチーフを除いては彩色が濃く施されることはなく,平明で素朴な作風を持ち,十六世紀の作とされているが,諸本中では応永期の菅生本との近さが感じられる。この本と杉谷本(1419)の関係については,真保亨氏が,すでに「同系統Jのものと述べられているが(注3),本研究において,スベンサ一本の全巻を調査し,両者を比較したところ,各段の基本的な図様は,ほぼ全ての段において一致し,同一祖本へ

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