鹿島美術研究 年報第16号別冊(1999)
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スベンサ一本[配流海路詞](配流海路絵)[恩賜御衣詞](思賜御衣絵)[送友後集〜祈天拝山調](祈天拝山絵)杉谷本[配流海路〜恩賜御衣詞](配流海路絵)[送友後集詞](送友後集絵)[祈天拝山詞](祈天拝山絵)この絵において,両本が異なっているのは,杉谷本が,画面左の,袖で涙を拭う人物の前に,丈机と硯箱を描いているのに対して,スベンサ一本では,同人物の前に二部の書状のようなものを載せた文机のみを描いている点である。その他の場面要素は,配置や描き方に若干の差はあるものの,ほぼ一致しており,その絵の後に,いずれかの場面から紛れ込んだと見られる山景を繋いでいるのも,両者に共通している。そこで注目されるのは,これらの絵と,承久本の「恩賜御衣」「送友後集Jの場面〔図6〕との関係である。承久本は,それぞれの場面を,詞と絵を正しく対応させたかたちで描いているが,両本の問題の絵をよく見ると,承久本におけるこれら二場面の要素が混在していることに気付くのである。すなわち,画面中,柿葺の屋根や板の貴子縁,階,あるいは画面右下の門など,建物の要素は筑紫の荒れ果てた諦所ではなく,京の長谷雄邸である。しかし,承久本の「後集」では,長谷雄が調通り「天を仰jいで嘆いている様が描かれているのに対し,スペンサ一本,杉谷本の描く画面の人物は,袖を目元にあてた表現が,承久本の「御衣」の菅公と酷似している。敷畳と傍らに座す公卿らも,「御衣」の要素である。他方,地面に座す公卿は承久本の「後集」の方に近似した人物が描かれている。またスベンサ一本の,文机の上に書状を二部並べて置いたような表現は,承久本の「後集」に,机はないものの,畳の上に同様の書状が見られる。一方,杉谷本の文机と硯箱の表現は,承久本の「御衣jに描かれる御衣の箱(桑折)と硯箱に形態が相似する。承久本において,これら二つの場面は,筑紫の野趣溢れる情景と,京の邸とがはっきりと描き分けられている。また弘安本系をはじめ,他諸本においても,場面構成は承久本と異なるものの,やはり同様に「御衣」の都ぴた住居を強調することで,二段603

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