鹿島美術研究 年報第16号別冊(1999)
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I央定されたのであろう。クルムス解剖書の第四の挿図には,支瞳全骨,脊髄全形,側直武とクルムスとの一番大きな違いは,技術的な面であり,とくに,その陰影法の相違である。クルムスは銅版を使用しているが,直武は木版である。そのため自然に表王見技術が違ってくる。クルムスは強陰影濃度を必要とする場所には,クロスハッチングを使用して立体感を表現しているのに対し,直武はクロスハッチングを全く使用していない。その代わり,点状と短線を集中的に使用して陰影効果を表現している。この技法は直武絵画の一つの特長として後々使用されていく特技である。もちろん,クロスハッチングを使用していないため,クルムスのようなドラマチックな効果が全体的に欠けているが,オリジナルと違った質感がでている。直武の画才が最もよく現われているのはJ解体新書jの4丁オと5丁ウに描かれている手足の指骨であろう〔図l〕。原典はコイター(Avtore Volchero Coiter)の解剖書からだと説明付であるが,オリジナルの挿図が銅版ではなく木版であることは一目にしてわかる。コイターの線は太く大胆で、繊細な表現に欠けている。直武のように立体感がない。しかし,直武は木版の質感を巧みに表現している。他の挿図とのバランスをとるため,コイターの挿図を向上することも出来たはずであるが,オリジナルを忠実にトレースしているのは,やはり直武が未熟で、あったからであろう。直武は技術的には初心者ながらも,構図的には創意を発揮している。事実上,直武にどれだけの挿図作業上の裁量権があったのか解からないが,クルムスの解剖書と比べて,『解体新書j3丁オ,3丁ウ,4丁ウと5丁オの4ケ所に構図を変更しているの7が目につく。たぶん,杉田玄白,前野良沢,中川淳庵等の翻訳チームによって変更が面,背面,頭全骨側面,後面,頭骨中断等の挿図がl頁にぎっしり描かれている〔図2〕。しかし『解体新書』は名称を各々の挿図の脇につけるため,紙面に余白が必要である。そのため,彼らがとった解決法は,l頁にぎっしり描かれたクルムスの図を,5頁に分配することであった。3丁オの頭全骨側面,3丁ウの頭骨中断,脊髄全形,背面,側面,手指骨等の描かれた4丁オ,支樫全骨上部の骨組みが描かれた4丁ウ〔図3〕,および支瞳全骨の下部一一足が描かれている5丁オは,トマスパートリニ(ThomasBaitholini)のAnatomiaex Caspari Bartholini ・ ・ ・から採用された挿図である(注22)。直武は3丁オで,パートリニの挿図の頭骨と頭骨中断内部の図を上下に置きかえ,桔図を少し変えている。しかし一番大きな構図の変更は支韓全骨の図を扱った4丁ウ-55 -

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