鹿島美術研究 年報第16号別冊(1999)
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に集中する。また洋風蘇州版画には,都市図や風景画以外にも,美人画,唐子図などの人物画が存在するが,それらの作品は洋風的表現は薄く,着物の陰影部分だけを銅版画のハッチング技法を多用し,粗雑な表現となっており,王舎城美術賓物館の〈瑳池献寿図〉は別として,大半の作品は嘉慶以後の作品と考えられる。洋風蘇州版画は中国国内ではこれといった展開を見せないが,我が国の秋田蘭画や浮世絵などの近世絵画に,多くの影響与えているいることは周知されるところである。取り分け浮世絵には奥村政信らの浮絵の世界に顕著に表れている。さてこれまで,銅版画や蘇州版画について触れてきたのだが,次に画冊,版本などにあらわれている洋風表現について触れて置こう。画冊・版本にみる洋風表現の作品画冊として夙に有名な作品としては,康照35年(1696)刊行の『御製耕織図』がある。本作品は耕23図,織23図の計46図からなっている。作者は焦乗貞(生没年不詳活動期・康照元年〜羅正4)で,刻工は『御製避暑山荘図詠』の梅裕鳳である。作者である焦乗貞は早くから西洋画を研究していた人物である。作品は正方形の画面に右上段もしくは,左上段に消失点を運ぶ線遠近法で描かれており,その遠近法は違和感なく中国画の中に溶け込んでおり,焦乗貞の遠近法の理解の確かさを示す作品となっている。本作品は洋風版画としては早時期の作品とされているが,しかし,近年明末の作品と推定される『観音五十三現象』が存在している。本作品は53図から成っており,53図の中には西洋人の肖像画を思わせる図像や,西洋的装飾が描かれているが,西洋画的構成は見られない。しかし,手法的には明らかに西洋画を意識していることを推察できる。次に版本であるが,1冊代表的例として挙げるならば,上官周撰・画によって,乾隆8年(1743)刊行された『晩笑堂竹荘画伝』がある。本版本は2冊本からなり,漢代から明代の祖功臣が,120図描かれており,その中の人物表現が,例えば「康茂才像jなどは後ろから声をかけられ,それに答えて自然に振り向いている姿態などは迫真性があって,それまでの中国肖像版画には見られない造形美を造り出している。画冊や版本は,本絵や大型版画と異なり,素直な形で新しい試みがなされていることから,この他にも画冊や版本を細かく精査することによって,多数の洋風表現を見いだすことができるものと考える。一655-

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