鹿島美術研究 年報第16号別冊(1999)
677/759

復古体制への政治的苦悩と失望感の中にあったフリードリヒが,精神的・様式的スランプの危機からようやく脱出した頃にあたる。1817年には,画家としてはフリードリヒの弟子にあたるカールスと,1818年には生涯の友となるノルウェー出身の画家ダール(JohanChristian Clausen Dahl 1788 1857)との出会いがあり,ドレスデン・アカデミー会員となることで,生活は潤い結婚もしている。こうした交友関係,人間関係の広がり等の実生活上の変化が明るく,身近な風景や人物を取り入れた画風として反映されることはあり得ょう。また,周辺の画家やその作品からの影響については,主に画家ダールが指摘されてきた。ダールはフリードリヒの象徴的な風景画に感化された画家の一人であるが,基本的には身近な風景を素材にした自然主義的な風景画を数多く残し,その厚塗りの素早いタッチも,同時期のフリードリヒの作品に現れ,おそらくこの時期の画家・作品からの影響という点ではダールの存在が極めて大きかったといえる。さらに,当時の美術批評への反応とも見なされる。ハインリヒ・マイヤーとゲーテの論文『新ドイツの宗教的=愛国的美術』(1817)(注2)により,ドイツロマン主義美術全般,とくにナザレ派が批判されているが9ゲーテはその論文の中で,古典主義の立場からフリードリヒの風景画における「陰欝な宗教的アレゴリーj,「神秘的寓意的風景画」,「芸術上の約束ごとの軽視J(光の効果,色彩効果)について否認している。これを受けてか,カールスは1818年の友人宛の手紙の中で「彼(フリードリヒ)はこの(ゲーテ的な)様式で自ら描く努力をしています」(注3)とフリードリヒの制作活動の変化を語っている。II .自然科学との関係1.気象学からの影響フリードリヒの1820年前後の様式転換の諸要素を検討していくなかで,私はこの時期のフリードリヒの作品の大気の表現に,自然でかつある種の形態的特徴があるのを見出し,それが当時の気象学と何らかの関連があることを指摘した(注4)。西洋絵画史上,風景画が隆盛を究める18世紀から19世紀にかけて,多くの画家が大気をモティーフに習作や完成作に取り組んで、いる。大気の領域は,無限,感情,ファンタジーに向かうロマン主義の精神にかなうが,この世代の画家の中でも,1820年代を中心に雲の習作を残したイギリスのコンスタブル,ドイツのダール,デイリス等の大気現象へ667

元のページ  ../index.html#677

このブックを見る