鹿島美術研究 年報第16号別冊(1999)
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アーカイヴ)事業は,たしかに,二十世紀の博物館が「二十一世紀博物館jへ脱皮するための方途の一つではある。しかし,それを行うには,膨大な予算や役務の負担を覚悟せねばならない。ばかりか,首尾良く完遂するまでには,かなりの時間も必要となろう。加えて,テクノロジーは日進月歩で進化する。貴重な文化財を預かる博物館は,予測可能な,それらすべての障害を乗り越えつつ,この事業を推進して行かねばならない。むろん,今日や明日のためではない。「二十一世紀博物館」の立ち上げに不可欠な画像データベース,デジタル・アーカイヴ,デジタル・ブックなど,主にドキュメンテーションと関わるすべての業務がデジタル画像情報をベースとする時代の来ること,それが確かに予見できるからであり,その意味でデジタル化作業は,克服すべき課題こそ数多あるものの,将来のための情報基盤整備事業として位置づけておいて間違いない。. もっとも,世界のグローパル・スタンダードから見たとき,日本にはいくつかの特殊事情がある。テキスト情報を伴わない画像情報は事実上データベースとして機能しがたいということからすれば,外字や異体字など,文字コードの問題は今後益々深刻化しよう。また,平仮名や片仮名に併せて膨大な漢字を扱わねばならぬ日本語文を,印刷物のかたちでなく,デジタル画面上に美しく表示できる文字フォントの開発も急務である。いかに高精細度の美しい画像を実現できても,その傍らに添えられた文字のフォントが画面全体の「デザイン」を乱すものであったなら,その画面情報は「二十一世紀博物館」での使用に耐えないから。もとより,「デザインjという言葉で括られる審美的な質の探求は,技術開発が一段落し,落ち着いて考えを巡らすような段階になって初めて意識される性質のものではある。しかし,デジタル画像処理技術が一応の成熟を見たいまこそ,そうしたことに思いを至らせねばならないのである。印刷物の制作にグラフイック・デザイナーやアート・ディレクターが必要とされたように,デジタル画像の製作にも美的感覚に長じたその道のプロが必要である。あるいはまた,歴史的に価値の高い文化遺産を画像化するにあたっては,そうした貴重資料の扱いに習熟し,かつまたデジタル・カメラやスキャナーなど調整の難しい先端機器の操作にも長けた工学系専門技術者も必要になるだろう。こうした職能を担える人材の決定的な不足もまた,日本の博物館が「二十一世紀博物館」を企図(デザイン)する上で,克服せねばならぬ大きな課題だと言える。-740-

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