鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
135/763

⑮秋田蘭画にかかわる基礎的研究一一空・松の描写と小田野直武の初期作品の検証一一研究者:(元)秋田県立近代美術館学芸課長補佐太田和夫はじめに江戸時代の後期,1700年代も後半に興ったわが国における重要でかつ先駆的な美術事象「秋田蘭画」は,多彩な能力と行動力とを兼ね備えた平賀源内を糸口にして秋田藩の武士小田野直武を中心に制作された江戸時代の洋風画とされている。この蘭画の絵画的特徴は,おおまかに述べると,東洋画の画題を用い,絵の具は従来の素材を使って描かれているが,西洋画にみられる透視図法や陰影法をとりいれていることにある。また,構図は前景に花・樹木・鳥等を大きくしかも細密に描き,遠景には西洋銅版画風に細線と淡彩で描き添えることが際立つた特色となっている。このような秋田蘭画の作画上での大きな特色を補足できればと考え,ここでは秋田蘭画の基礎的研究として1.空の描写,2.松葉の描写と項をおこし言及してみようと思う。また,3.小田野直武の初期作品の項では,直武の洋風画以前のいわゆる初期作品とされる伝統的な絵画を検証し,彼が洋風画を描く前に武士でありながらすでに職業的画人であったのではないかと考えつつ述べるに至った。[空の描写]秋田蘭画の作品には,空の描写とみられるものがいくつか認められる。秋田蘭画が生まれた1700年代後半までに,わが国の絵画にいわゆる西洋画の青い空,雲のような意識的に描かれた例はさほど多くはなかろう。これより100年以上も前の近世初期のキリシタン絵画には青い空がでてくるが,しかしこれは,おおむね模写の域をでないものだから風景のなかの空,空間としての空をいかほど意識していたかははなはだ疑わしい。近いところでは,円山応挙の覗き眼鏡絵としての風景図や名所絵に空の描写がはっきりと意識されているのがわかる。空に浮遊する雲や霞が画面の区切りや空間構成に使われたり,龍などが描かれる場合の雲のように象徴的あるいは形式的に描写されたり,わが国の絵画では大きな役割を持たされていた。しかし,なぜか,色彩を用いた絵画のなかで青い空は青く描かれ124

元のページ  ../index.html#135

このブックを見る