鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
166/763

初に内容を類推するための足掛かりとして検討されるべき存在であろう。標題の内容は現存32画面をある程度完結したものと見なして,三蔵が西天に至り経典を持ち帰るまでの行程を表したものとしている。田仲一成氏は先ずこの標題の内容と形式を検討した結果,それを尊重して内容を想定し,本図を経て世徳堂本『西遊記』に繋がる『初期西遊記(北宋〜金)』の存在を推定された。これに対して,近年,磯部彰氏によって新たな順序・解釈が提出された。田仲説の根拠とされる標題は後代のもので,西天からの帰途,長旅の目的である経典が全く見当たらないなど,画面の内容にそぐわない部分があることを指摘され,さらに,唐憎の表現描写に振幅があることから工房の制作であるとされる。そして,元はある段階でのlつの物語を絵画化した画巻の一部分であると考え,以下のように排列されている。西天取経の勅命上1〜上9〜下14〜下16唐僧の出立と侍者の合流,亀魚怪の調伏下7〜下l〜上14毘沙門天の加護の下龍馬を授かる上5〜上4〜上13唐国界にて山賊・蜂官に逢うも辛くも脱出する上2〜上3〜上6西域に鬼子母国へ入り,鬼子母を済度する上15〜上16古利に到り仏宝を譲る老虎に遭う上12〜上11唐僧,山中に道を失う下11〜下9楼閣内で妖女の毒に中るも,見沙門天の加護を得る下3〜上8〜下2〜上7火妖狐の邸に宿り妖害に遭い,龍馬本性を顕して撃退する下8〜下6〜下10〜下4〜下5〜上10西天に到り,毘沙門天水晶宮を参拝する下12〜下13〜下15これによれば,本図冊が表しているのは西天までの往路に相当することになり,標題に拠れば帰路のはずの唐僧が経典を持っていないことの矛盾が解消する。現状では上冊第15図(標題「玉肌夫人」,〔図l〕)のみに孫悟空の前身である操行者(孫行者)が登場する。沙悟浄は標題には「沙和尚Jとして上冊第6図の標題「流沙河降沙和尚Jに見えるが,むしろ,上冊第13図(標題「五方傘蓋経度白蛇」)の,流沙の上に立ち髄棲の理培を懸けた深沙神王の姿こそ沙|苦浄の前身と指摘される。猪(朱)八戒も上冊では孫悟空以外全て出揃う主なキャラクターは,実は本画冊で、は未だ、出揃っていない第8図の標題「八風山収猪八戒」に見えるが,八戒とは到底見えない。つまり,標題-155-

元のページ  ../index.html#166

このブックを見る