由来する良質のアカデミズム絵画の流れがもたらされた。以降フンメルは,活動の重点を著述活動とアカデミーでの後進の指導にうっす一方で(注7)遠近法の多様な応用例を示すべく,自らの画業における実験を重ねていくのである。この時期のフンメル作品には,消点を画面の中央に置く古典的な一点透視図法に代わって,二つの消点を画面の左右に配置する図法が多く見られるようになる。写真はその習作)〔図4〕は,二人の女性奏者,画面を縁取るアーチ型の建築モティーフ等,『フェルマーテJと共通の構成要素から成っており,そのヴアリアントともいうべき作品である。だが左右相称で静止的な画面構造を呈していた『フェルマーテJと異なり,この作品の基本構造は,観者の視線を画面右手前のハープ奏者から左手遠景の風景へと導く,動的な方向性にある。だが,フンメルならではの抑制された幾何学的画面構成への偏愛は失われず,規則的な石畳の列が,左右の消点へと収敬する消線を浮き彫りにしてその構造をあぶり出し,また二人の女性が奏でる竪琴の弦が,画面に垂直線の列をつくりだし,消線に由来する流動性を抑制しているのである。消点を画面の左右にとる画面構成は絵画平面により奥行きと立体感を実現する。観者の視点を画面上の一点に集め,固定する一点透視図法と異なり,観者の視線を画面前景から後景へ,さらには画面の枠を越えた「描かれない空間jへと導く。結果として絵画そのものが支配する空間は広がり,画面に動きがうまれるのである。1. 1. 3鏡フンメルの遠近法的実験を考察する上で,看過することができないのが,「絵の中に描かれた鏡」である。それまでの美術史において,鏡は画中の空間に描かれない情報を観者に伝達する媒イ本としてしばしばイ吏用されてきた(注8)。例えばファン・アイクの『アルノルフイニ夫妻』のように,画家が絵画空間に暗示した物語を,観者が鏡の中に読み取り,再構成するという謎解きの楽しみを,それは供するのである。フンメル作品の鏡は,このような図像解釈上の役割を担った鏡とは趣を異にする。そこに映し出されているのは,原則として画面内の空間に既に存在する物の鏡像にすぎない。では,フンメルの鏡は,その画業に於いてどのような役割をになっていたのであろうか。フンメルの鏡は,点透視図法で示された単一的な絵画空間を重層化する手段であった。1820年のアカデミー展覧会に提出された『ボヘミアのハープ奏者』(大戦により消失,166
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