また画面の上部に書かれた賛文〔図6〕の書き方はもっと自由で,躍動感を持ちながら,不安定な要素に満ちている。これは,銭斎五十代の画風の特徴の現れである。このような配置及び描き方によって,織斎のこの絵は三教を象徴する聖人の厳粛な雰囲気から離れ,生活味に溢れた,生き生きとした雰囲気を作り上げた。人物のいる場面から銭斎は,三人それぞれの桃花酸に対する興味,面白味を表現し,さらに配置と描法によって人物に庶民的な性格付けを与えた。画面の内容と賛の内容は一見違うように見えるが,画面から読みとれる面白味と賛の意味合いの面白味とは通じるものである。餓斎はこの図の画と賛において,元来の意味合いを超えた上で,画題と賛文の共通点「面白味」を掴んで求めていることは明らかであろう。このことは即ち,五十代のこの『三聖吸酢図』の表現は既に元来の三教合ーの意味合いから離れ,織斎の「面白味」を求める一つのツールにしかならなかったことを意味する。三自由奔放な個性への帰結一一八十三歳作『三老吸酢図Jの場合八十代は鍛斎の絵画創作に於ける,最も輝かしい時期でもあり,この時期の作風は七十歳代の高揚期を経て,それまで以上に自由奔放で個性溢れる特徴が見られ,従ってこの時期はいわゆる「銭斎画」の最も円熟した時期である。前述した『三聖人図J〔図3〕,『三聖吸酢図』〔図5〕に比べ,富岡銭斎八十三歳の作『三老吸酢図J〔図7〕は比較的に広く知られている作品である。この図はかつて銭斎の代表作としてアメリカ・ヨーロッパ巡回展に出展されまた1986年の中国展にも出展された。特にアメリカ巡回展では,画面人物のユーモア的な表現が大いに評価され,反響を引き起こした。この図について『銭斎研究jの中では,次のように説明している。「孔子・老子・釈迦が一つ瓶の酢をなめて顔をしかめる場面を描いた三聖吸酢図というものがある。これは儒教・道教・仏教それぞれ教義は異なるが,終極に於いて三教は一致するという思想を表す。三老吸酢図に於いては蘇東坂が儒教を,黄山谷は道教を,f弗印が仏教を代表し,やはり三教一致の趣旨を表現する」。基本的にこの図は,三教一致という思想の現れとして扱われている。ところが,実際この図を見てみると,銭斎は全く違う趣旨でこの絵を描いていることが分かる。先ず賛文から見ることにしよう。人言。鼻吸五斗酢。方可作宰相。東披平生白謂放達。然一滴入口。便而閉目掻眉。宜-185-
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