鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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何か思い出して二人はけんかになる。“あら,あなた妬いてる!”J(注15)。これを書いたとき,おそらくゴーガンの念頭にあった自分の作品は,〈パラウ・パラウ〉〔図4〕及びその関連作品(W435,W473)のようなタヒチの田園画や,〈浜辺の二人の女〉〔図5〕,〈おや,妬いてるの?} (W461)のような一連の二人物構図のタブローであろう。特に後者の,地べたに座る二人の女の体を少し(ときには大きく)クロスさせて,クローズ・アップして描くという構図は,C・フレッシュ=トリーも指摘しているように,ゴーガン以前のヨーロッパ絵画にはほとんどその先例をみない(注16)。この構図の直接の図像源となったのは,『ノア・ノア』第二稿55ページに貼付された写真であろうが〔図6〕,図5のような姿勢でお喋りをしている彼女たちもまた,実際にタヒチで頻繁に目にすることができる。つまり,この構図による,お喋りするタヒチ女のダブル・ポートレイトは,写真や他人の作品など既存のイメージをさまざまに用いながらも,描く対象の本質や特徴を描きだすという,ゴーガンに特徴的な手法が生み出した,もっともシンプルな成功例とみなしてよいと思われる。この構図は,ゴーガン以後にタヒチで活動した画家たちにも受け継がれていった。ここでは,その顕著な例を二つ挙げておきたい。一つは,1938-9年にタヒチに滞在した画家ジヤツク・ブイエール(JacqueBoullaire)の木版である〔図7〕。これは『ロテイの結婚』の挿絵のために制作された。小説では,主人公のマオリ娘ララユは喜怒哀楽がはっきりしている,一個の人格を備えた人間として描写されているが,ブイエールの挿絵の女は,ゴーガン風の,感情を犠牲にしたいささかイコンめいたものになっている。また,ゴーガンの裸婦より,肉感性が強調されているきらいがある。もう一つは,ピエール・エーマン(PieηeHeyman)の1966年の油彩画である〔図8〕。エーマンの特徴は,ゴーガンよりはるかに単純化された線と色彩,しっかりとした画面構成力であろう。この作品も,ゴーガンの焼き直しの感は否めないが,エーマンがゴーガンの二人物構図を十分に消化していることがはっきりと表れている。20世紀末の現代画家たちにも,このゴーガン風ダブル・ポートレイトの作例がある。例えば,F・ラヴエロ(F.Ravello)の作品〈二人のタヒチ女〉〔図9〕がそれである。もっとも,一例であることと,祭りのようなハレの日の装いをしたタヒチ女(右側)と普段着のそれ(左側)を対比させたことの二点が興味深いだけで,それ以上の関心は惹かない作品であるが。それに対して,ミシェル・ダレ(MicheleDallet)の〈会話〉〔図10〕は,お喋りに興じるタヒチ女を表現する際にゴーガンが用いた三つの構図(図-15 -

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