過すべきではない。しかし,特に障扉画は画面形式によって枠取られた平面空間全体が絵画空間になっており,しかも一旦規定された平面空間を越えて領域を拡大することが不可能である以上絵画空間内に何らかのかたちで書記空間を設定せざるを得ないのである。室町時代以降になると,大画面にも色紙形などによって異質化された書記空間以外に文字が書き込まれるようになる。それは制作者の落款や年紀を記したものである。最も早い時期の作例としては1469年の年紀を持つ能阿弥「花鳥図扉風」(出光美術館蔵)が挙げられる(注4)が,広範囲に認められるのは16世紀以降とみなされる。ここで重要なのは,それらが題や建造物などの名称ではないこと,言い換えれば,色紙形に書き込まれていた文とは異なった属性を持っていることである。色紙形の書記空間に書かれていた内容はいずれも絵画に描かれた内容と直接的に結び付くものであり,絵画世界内に属する位相にあるのに対し,落款や年紀は作品と我々の世界との聞に存在する。つまり,色紙形に書き込まれるか,直接書き込まれるかの相違は各々の文字の位相差によるものと考えられる(注5)。むしろ,絵画世界の外に属するものであるが故に直接文字を入れ込むことが可能になっているとも言える。その場合,書記空間は放棄されたのではなくやはり絵画空間の中にあってその上に重ねられているのであるが,重ね合わせられてはいても位相差によって両者は隔てられていると考えられる。2 絵巻における書記空間大画面障扉画とは対照的に,本紙を継ぎ合わせることにとって平面空間の領域を拡大できるのが絵巻(巻子)である。ここでは絵巻を手がかりにして絵画空間と書記空間の問題を考えてみたい。絵巻は詞書と絵画部分とが交互に組み合わせられるのが通例であり,絵画空間と書記空間とは隣接するかたちで並列されている。それら両者の境界をどのように処理するかについては,二通りの方法がある。一つは絵画と調書で紙(あるいは絹)を替える,つまり,基底材によって物理的に両者を切断する方法で,「一遍聖絵J(歓喜光寺,清浄光寺蔵)のように全く異なった素材を用いる場合もあるが,同じ紙を用いる場合でも処理方法そのものに違いはない。もう一つは絵画部分の端を描写自体によって規定するもので,冒頭部をフェイドインさせる,あるいは末尾をフェイドアウトさせる方法と,あたかも境界線が引かれているかのように描写を止める方法とがある。とは-261-
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