鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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言え,現存する全ての作品が何れか一つの方法に分類できるわけではなく,制作事情などの諸条件によってさまざまな使い分けがなされたものと考えられる。まず,一貫して基底材による切断法が用いられているものを除き,現存作品の中にどのような処理がなされていたのかを見てみる。詞書と絵画部分との聞に紙継ぎがあるものの,描写には部分的にフェイドイン・アウトの意識が認められる作例としては,「東征伝絵巻J(唐招提寺蔵),「後三年合戦絵巻J(東京国立博物館蔵),「慕帰絵j(西本願寺蔵)などが挙げられる。絵画空間の端をゆるやかに規定することによって,書記空間との聞の移行をスムーズに行おうとする点では共通するが,フェイドイン・アウトの度合や割合には差が認められる。中でも「慕帰絵」は,特に巻末部分に雲霞と余白を効果的に用いている点,および巻末に落款が書き込まれている点が注目される。一方,大半は基底材による切断法をとるが,中に絵画と同じ本紙に調書が書かれる箇所が見られるのが「橘直幹申文絵巻J(出光美術館蔵)と「なよ竹物語絵巻」(金比羅宮博物館蔵)である。紙継ぎや傷みの状態などからすると,現状が当初の状態であるとは断定し得ないが,絵画と同じ本紙に書かれた文字が特に隔たった時期に書き込まれたものとは思われず,少なくとも,前者はフェイドインによって,後者は暗黙の境界線によって,同じ本紙に意識的に余白を持たせていることは間違いない。また,「西行物語絵巻」(徳川美術館・高野美術館蔵)は両者の中間的な処理を行っている。図様全体からすると絵画部分の端はフェイドインあるいはフェイドアウトしているが,同時に建造物や水面などによって暗黙の境界線も示しており,また,絵画と同じ本紙内の余白の面積の広さとそれらの処理が全体に占める割合からみても,書記空間として機能するに十分な余白を絵画平面内に設定していると考えて良いだろう。このように,同一の紙面内に絵画空間と書記空間が並存するようになったことは,絵画が余白を作ることによってそこに文字を呼び込み得る可能性が生じたことを意味している。その最も早い例が「華厳宗祖師絵伝」(高山寺蔵)であろう。この作品では「〜のところ」の言い回しでくくられる場面の説明文と登場人物の台詞がいたる所に書き込まれており(注6),その大半が描写と描写のはざまにある何も描かれていない部分に位置している。つまり,たとえ色紙形のような区画がなくとも,絵画空間内に存在する余白がそれを代替していつでも書記空間に転じ得る性質を帯びるようになっていると考えられる。また,中には描写と重なっている箇所も見られる。それは土壌,262

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