町・伊勢図Jの右幅にある小町像も,前掲の2点の小町作品と同じ姿態である。大幅の当作品では像全体が大きく描かれ,顔貌・装束の描写ともに繊細ながらも伸びやかな筆致が見られる。顔貌の表情からは知性と美を備え,理想化された像主の個性を伝えている。以上3点の小町像を前掲の探幽筆「百人一首手鑑」の小町像と比較すると,いずれの図様も探幽作品の反転であり,画風の継承も明らかである。画帖では忠実に写しながらも顔貌に生彩を欠き,装束の表現にも硬さが見られる。「小野小町図j右幅では柔和で優美な表情など,雪信作品に特徴的な繊細な描線と上品な彩色を見せている。4 源氏絵・物語絵の画風ここまで考察を進めた歌仙絵には背景の描写がなく,人物像のみが描かれているので,次に背景の中に人物を描く源氏絵・物語絵について雪信作品の特徴を考察する。「源氏物語画帖J[14]は「女房三十六人歌合」と同様に堂上寄合の詞書を持つ高級な注文作だが,尾張徳川家へ伝来した由緒については明らかでない。すでに江戸時代の源氏物語絵の研究成果の中で指摘されているように,旧桂宮家伝来の探幽筆「源氏物語図扉風」(三の丸尚蔵館蔵)とは各帖の場面の一致が多く見られる(注18)。探幽以来の粉本の存在が窺われるが,画帖の色紙全部を完成させる技量を持ち,高級な注文制作を任される点から,「女房三十六人歌合」と近い時期の制作が推定される(注19)。背景に比して人物が大きすぎ,描写に硬さが見られる点などは,やはり色紙という画面サイズに影響されたものである。しかし,一部に探幽の扉風と異なる場面を描く点や,画中画の室内調度に没骨体の扉風が多用されている点も探幽画にはない特色を示している(注20)。さらに,画帖と掛幅作品の源氏絵・物語絵を,「橋姫Jr聾火」の場面で比較する。画帖の「橋姫」は建物を,探幽扉風の図様と対角線を反転させた位置に配し,主要な人物配置は両者ほぼ同じである。ただし画帖では,襖絵を扉風と凡帳にする,源氏を座像に描くなど若干の変化を付けている。掛幅「橋姫図」[11]〔図5〕では墨画淡彩で没骨体の遠景を描き入れることにより,物語の場面を季節感豊かな景所絵に仕上げている。対角線構図で近景に建物とその内部の大和絵人物,遠景に没骨体の山水や外隈の月を配するのは雪信の物語絵に定型的な様式である。この作品では人物の表現が伸びやかさに欠け,表情も乏しい。また,画面手前の樹木の幹と土壌の描写に未熟な272
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