点が目立つ。「聾火jの比較では,探幽本と画帖の場合,庭で聾火を焚く人物の向きと画中画の扉風の画題が異なる以外にはほとんど差異がない。掛幅の「筆火図」[13]〔図6〕では庭の人物と建物内部を対角線で反転させて配置している。遠景とはいえないが,御簾から透けて見える庭の情景描写で,奥行きのある空間表現を工夫している。室内の情景は,定型的な琴の上での添い伏しではなく,物語には登場しない玉蔓の琴を聞く源氏の姿を描く。画中画の扉風は画帖と同じく没骨体の山水図で,女性像は歌仙絵と同様に細密画の凡帳が添えられている。顔貌・装束ともに細く整った線など,人物描写には手慣れた筆致が見られ,雪信の完成した様式を見せている。さらに,源氏絵以外の物語絵作品として「小督局仲国図J[15]〔図7〕を検討する。画面はやはり対角線構図であるが,遠景の山並みと月,近景の建物と人物が川をはさんで配され,画面の奥行きが表現されている。横長の画面の右から左へ向う人物など,絵巻物のように時間的な広がりも表現している。近景の樹木や土壌も前出「橋姫図」より自然な筆致である。細密画の人物は,前出「聾火図」と同様,完成度の高い描写を見せている。このように源氏物語画帖や物語絵作品の画中画として没骨体の山水図の扉風が多用されること,物語絵の情景を没骨体山水図と人物図の対角線構図で再構成している点は雪信作品の特徴のひとつである。この様式は,「紫式部図」[20]〔図8〕にも見出せる。この作品は石山寺で源氏物語の執筆をする紫式部を描いた作品であるが,名所絵の画題「石山の秋月」を人物の伝記に重ね合わせており,像主の事蹟を伝えるよりも,秋の景物画としての趣向が優っている。歌仙絵を除いた雪信の大和絵女性像の多くは,四季の景物,雪月花など景物画の中に再構成されている。師探幽は没骨体の淡い墨色や淡彩を用いて,前代とは異なる大和絵景物画を完成したことは周知のことである。雪信はその様式と細筆の大和絵人物像を同じ画面に融合させ,スケールは小さいながらもまとまりのある自己の様式を確立している。結びに代えて雪信は,探幽の完成した大和絵人物図を忠実に継承し,さらに,探幽が完成した大和絵風の景物画と大和絵人物図に融合させた源氏絵・物語絵を描いた。江戸狩野派の中で探幽画風の継承とともに独自の工夫を見せている。雪信にこの様式の絵が多いの-273-
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