⑫ 文人画における画題の研究一一池大雅・与謝蕪村の扉風を中心に研究者:静嘉堂文庫美術館学芸員小林優子本研究では,①大雅・蕪村の扉風作品の概容把握,②表現内容の点検(調査・展覧会見学・図録参照),③日本・中国における他作例との比較,④同時代の漢詩文集の点検を主な作業としておこなった。対象はすべて既紹介の扉風で,新出品はないが,考察の結果,新たな知見をいくつか得ることができた。そのうち2件の画題を選ぴ,以下に報告する。画題再考−1与謝蕪村筆「蘭亭曲水図扉風」(統本著色,東京国立博物館)〔図l〕について東晋の永和9年(353)3月3日,王義之は,蘭亭で修棋の祭事と曲水流暢の宴をもよおし,ことの次第を「蘭亭集序」としてのべた。この序は『古文真宝後集Jに「蘭亭記Jとして収録されており,絵画の作例も多い。本図も「蘭亭曲水図Jと称されてきた扉風である。一双をつなぐ曲水と流暢とが手がかりとなり,さらに上部にしるされた「蘭亭記j全文が画題を決定づけてきたのだろう。しかし描かれた内容をあらためて点検してみると,左隻には明らかに「西国雅集図jの登場者がふくまれている。「西国雅集」は,北宋末,蘇戟・米帝ら著名な文人たちが西国に集まったとされるもので,米帝撰と伝える「西国雅集図記jに照らせば,画中で岩壁に書きつけるのは米帝,既成を弾くのは陳碧虚,黒頭巾を着け硯に向かうのは蘇載となる(注1)。いずれも中国画の例に典型的なモティーフとして見出され〔図2〕,大雅の「西国雅集図扉風」(「蘭亭曲水図Jと一双をなす。香雪美術館本・個人蔵本の2点が知られる)にも認められる姿である。ふりかえって右隻を見ても,通例「蘭亭曲水図」に描かれる亭中の王義之や川岸に咲く蘭花はなく,流暢に合わせて詩想、を練る姿もない。第四扇で紙に向かう人物は酒杯に無関心のようで,ただ一人,第五扇の樹下に立つ童子だけが棒をのばして杯にはたらきかけている。すなわち本図は,蘭亭と西国の雅集を左右に描き分けたのでもない。むしろ一双全体として「西国雅集」の構成を基本とし,流暢という「蘭亭修膜jのモティーフを付-327-
元のページ ../index.html#338