鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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に戎服を著く。風至る有り,嘉の帽を吹いて堕落す。嘉之を覚らず。温,左右をして言ふこと勿からしめ,其の挙止を観んと欲す。嘉,良久しうして聞に如く。温取って之を還さしめ,孫盛に命じ,文を作り,嘉を明って嘉の坐に著けしむ。嘉,還って見,即ち之に答ふ。其の文,甚だ美なり。嘉,酎飲を好み,愈E多くして乱れず。温問ふ,酒は何の好きこと有って卿之を暗むや,と。嘉日く,公未だ酒中の趣を得ざるのみ,と。また問ふ,妓を聴くに,糸は竹に如かず,竹は肉に知かざるは何ぞや,と。答へて日く,漸く近くして之をして然らしむ,と。(新釈漢文大系『蒙求Jよりヲ|用。漢字は新字体・通行の字体を使用した。)話の要点は,孟嘉は征西将軍桓温の参軍(補佐官)として重んじられていた。九月九日重陽の日,桓温が龍山に催した酒宴の席で,孟嘉が風に帽子を取られ,気づかずにいたのを,桓温が孫盛に命じ,文によって瑚った。ところが孟嘉は即座に美文を作り,見事に応酬した,というのである。大雅・蕪村ともに,帽子を飛ばされた露頂の孟嘉と,ころがる(あるいは風に舞う)帽子とを描いており,従来の作品名称と表現内容との聞に髄離はない。しかしながらこの画題は,管見の範囲で日本の作例がほかになく,画題の存在自体に唐突な感がある。「孟嘉落帽」の画を鑑賞することに,どのような意義や楽しみがあるのだろうか。この素朴な疑問に答えるために以下,三つの点から考察を進める。1 )版本資料との比較まず大雅の「龍山勝会図」に似る図様として『八種画譜』のうち『六言唐詩画譜』(明・万暦末頃刊)のー図に注目したい〔図6〕(注3)。大雅の扉風との主な共通点は,①画面ほぼ中央の大岩の形状と級法,②大岩上から空間へのびる樹の形状,③大岩にそって蛇行する山道の様子,④水景の広がる全体の構図である。このうちとくに①は,大雅の作品中でも印象深い特異な形の岩であるだけに,画譜との類似が注目される。両者には相違点も多いとはいえ,周知のとおり『八種画譜』は大雅が若年以来くりかえし学んだ書であり,ここから図様が借用された可能性は充分に認められよう。この推定を補強するのが画諸に併載の「閏月重陽賞菊jと題する次の詩である。前月登高落帽今朝提酒称暢上林菊花何幸遭逢両度重陽作者孟宛については,女性詩人孟腕の可能性があるが不詳。詩は,閏月のために重陽を二度迎えることができた幸いを詠じており,第一句で明らかに「孟嘉落帽」の故-329-

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