鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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⑮ ルネサンス期の美術家にとっての範例集としてのプリニウス『博物誌』一一女性画家の場合一一研究者:東京学芸大学教育学部助教授秋山16世紀半ばから活動が顕著となる女性画家たちの作品には自画像が占める割合が多いように思われる。ソフォニスパ・アンギッソーラ(15521614年),ラヴィーニア・フォンターナ(1552-1614年),カタリーナ・ファン・ヘメッセン(1528-1587年以降)らはいずれも自画像が代表作として扱われている。当時にあって稀少な存在であった女性画家たちが,作者が女性であることを観者に最も容易に感得させるには自画像が最も好ましかったのかもしれないが,彼女たちが自画像を好んで描いた背景には他にも要因があるようだ。なかでもソフォニスパ・アンギッソーラが自画像を多く制作したのには,人文主義的な背景があった。ピサネッロやマンテーニャ,デューラ一等が古代の大画家に比されたり,時に自らを擬したりしたように,ソフォニスパも様々なかたちで自らを古代の伝説的女性画家に重ね合わせたと思われる節がある。例えばソフォニスパのく画架の前の自画像〉(ランクート,ザメク美術館)は,その画架にむかつて制作するという構図を特徴とする(注1)。この構図による自画像はソフォニスパよりもわずかに早くカタリーナ・ファン・ヘメッセンによっても描かれている(パーゼル州立美術館)が,「画架にむかつて制作中の女性画家」という図像は,15世紀の写本装飾に既に見ることができるものである。ボッカッチョが1361年以降晩年にいたる聞に手を入れ続けた『著名な女性たちについてDemulieribus clarisJはいわゆる女性列伝だが,その中で三人の古代の女性画家タマリス,イレーネ,マルテイアが,恐らくプリニウスの『博物誌』を主たる典拠としながら取り上げられている。15世紀初頭に作成されたフランス語訳写本の多くには新たに挿絵が加えられ,そこでは三人がそれぞれに制作に勤しんでいる姿が描かれている(注2)。中でもマルテイアでは,鏡を用いて自画像を描く様子が描かれており,カタリーナやソフォニスパの自画像と図像上共通する。実際ボッカツチョはとりわけマルテイアについて,他の二人の女性画家に比べて遥かに詳細にその画業について以下のように語っている。「昔,ローマにヴアローネの娘マルテイアという終生純潔を守ったおとめがいた。このヴァロがだれなのか,いつ頃のことなのかはわからない。彼女が純潔を完全に守り聴-337-

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