鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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う。絵画の形象が多数の意味を生み出す活発な多義性を帯びるのは,それらの形象の一つ一つが一連の範列の「圧縮」であり,その意味がこの圧縮によって多元的に決定されるからである。すなわち,読解における「形象の不安定性の根源は,形象の一つ一つに重くのしかかる多元的決定のうちにあり,形象に作用し,形象によって喚起され明示されて現働化される意味の多数性のうちにある。そして,この点を通じて,絵画的連辞のうちで形象の位置がたえず変化することになる」のである。こうして,絵画という形象的織物の読解は,徹頭徹尾「動力学であり,恒常的で永続的な再合成の諸力の聞かれた一体系であるj。以上略述したような絵画の記号論の基本的テーゼに対して,パノフスキーの『イコノロジー研究』序論(注2)に見られるような図像解釈学の基本姿勢は次のように要約できるだろう。図像解釈学は,形式と内容の有機的統一体としての作品という作品観から出発し,この統一体の半面である「内容jを取り扱う学である。美術作品におけるこの「内容」は,三つの意味のレベル一一一自然的主題/伝習的主題/内的意味れる。自然的主題の解明は,「イコノグラフィー以前の記述」と呼ばれ,解釈者の「実際的経験jを援用することにより,作品内に現れる「対象」「出来事」という「モティーフの世界」を確定する。伝習的主題の解明は,「イコノグラフイー上の分析」と呼ばれ,解釈者の「文献資料による知識」を元に,特殊なテーマ・概念によって構成される作品内の「イメージ・物語・寓意の世界」を明らかにする。内的意味の解明は,「イコノロジーによる解釈jと呼ばれ,解釈者の「総合的直観」を働かせることにより,人間精神の本質的傾向によって構成される作品内の「象徴的価値の世界」を解釈する。この三つのレベルにおける「意味」の確定は,「伝統の歴史」という修正原理をそれぞ、れのレベルで適用することによって初めてその「正しさが保証されるんすなわち,自然的主題のためには「様式の歴史jが,伝習的主題のためには「類型の歴史」が,内的意味のためには「象徴の歴史」が,修正原理として用いられるのである。こうした三段階にわたる「内容Jの解明によって,作品は,最終的には,それ以外の何か本質的なもの例えば作者の人格,特定の時代精神,特殊な宗教的態度等一ーを表す「象徴形式」となる。先ず,上記二つの方法論の相違点について考えてみよう。最初に気づくのは,「言葉jに対する両者の態度である。記号論は,言語記号と非言語記号を区別した上で,絵画にわたって解明さ24

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