鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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を伴う場合がある。それは,個々の文献内容の組舗がその原因のひとつであろうし,また現在我々が日にすることのできる図像のすべてが文献資料に照合可能なわけで、はないからである。事実,これまで昆嶺山と比定された山岳にみられる動物は,人面虎身の神ではなく豹のような動物であり,最終的にはその動物と山岳との配置関係などからこれを山を守護する存在と考えるのである(注16)。(2)双鹿図山岳とともに表される向かい合う二頭の鹿について,ここでひとつ手がかりとなりそうなものがある。〔図8〕は洛陽前漢壁画墓(M61)隔培正面に描かれた壁画で(注17),画面は中央の方形の碍と左右の三角形の碍から構成されている。中央の碑には上辺に鳳風,左右に青龍と白虎,下辺には巨躯の神人を置く。両側の三角形の碍はほぼ左右対称で,三角形の最上部には有翼の鹿,次に壁をつかむ熊と狼(?),そして三角形のちょうど底辺にあたる部分には,中央にむかつて隆起する山並みがあらわされ,そこに空調ける天馬と一人物がみえる。ここでは,二頭の向かい合う鹿は三角形の碍の最上部に表されており,しかもそれは底辺にしめされた山岳の遥か上空に位置している。一方,方形の碍中央に表された神人は天帝太一あるいは方相氏と解釈されているが(注18),その周囲に配された鳳風・青龍・白虎とともに,全体として天空を象徴するものと推測される。さらに興味深いのはこの画面のちょうど裏側に描かれた壁画〔図9〕である。報告書によれば,中央の方形の碍は四辺を白い枠組みで囲い,頂部に一行の赤い円点を描き,その下に五つの浅緑色の壁と菱形の橘子窓,そして鋪首のついた門を表している(注19)。両側の三角形の碑は正面壁画と同様にほぼ左右対象で,背中に羽人を乗せた龍が天上にむかつて飛期する図であるが,こちらも龍の足元には山岳の表現がみてとれる。郭沫若氏によれば,中央にひらかれた門は天門であり,曽布川寛氏はこれを補って,左右の龍が昆罷山に足をかけ天門をめざして飛期する場面とされた(注20)。隔培正面壁画に描かれた山並みは,隔堵背面壁画にみられるものとは形状が異なるので,これがなんという山であるのかは不明で、ある。しかしこれら壁画の配置された場所に注目すると,墓門をくぐって最初に見えるのが,山の上空に飛期する向かい合う二頭の鹿が描かれる壁面であり,その隔培をくぐって主室に入り,墓門の方向を仰ぎ見ると半開の扉と二匹の龍が見えるということになる。370-

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