2 鎮墓獣について墓室は,それ自体が地上世界とは異なる世界を形成していたことは周知の通りである。墓門はあの世への入口であり,墓室の中にはあの世での生活に必要なものが取り揃えられた。天井には天空を表す星座が描かれ,そこには小宇宙が展開するといってもよいだろう。そこは地下世界でありながらまた同時に,仙界と認識されていたのである。墓主は門をくぐり,まず四神や山岳の上に飛期する向かい合う二頭の鹿を見て,ここがどこであるのかを知る。そして主室へと進み,そこに腰を落ち着かせ新たな生活を始めるよう祈願されたのであろう。筆者は以前ちょうどこの墓と墓葬年代も近い,洛陽卜千秋墓の天井壁画について羽人像に注目した解釈をおこなった(注21)。そこには,天帝の使いである羽人が昆岩山を超えて天上へと帰還する姿が描き出されていた。今,主室からみえる隔培背面壁画には天門と飛期する二匹の龍と羽人が描かれている。それは,墓主が無事仙界に到着したことを確認して,天帝の使いがさらなる上空の天上世界へと帰還する様子を描いたものではなかったか。このように考えると,二頭の向かい合う鹿は,林巳奈夫氏がいうように今の我々にはこの山がなんという山かわからないものの,それはひとつの仙界の入口をしめす表象であるといえるだろう。これを端的に示す例としては,四川成都曽家包後漢墓の墓門石刻画像がある〔図10〕(注22)。ここには墓門の上部に,障って向かい合う有翼の鹿の姿がみえる。一方,山東福山東留公村漢墓出土の墓門上方を飾った画像石にも障って向かい合う二頭の鹿が表されており〔図11〕(注23),先にヲlいた山東安正県董家荘画像石墓の南道封口部の半月形門額には一頭の障る鹿,墓門門額には一頭の障る鹿と羽人そして左右には青龍と白虎が表されている(注24)。i莫代画像における鹿については,これを単なる瑞祥とするものが多いが,これらは墓室の入口にあって,ここから先の空間が別の世界であることを示すというひとつの働きを担っていたのである。それはまた同時に,外界からの侵入者に対し墓室を守るという門番役でもあった。それは,鹿が持っその角に邪悪なものを退けるという機能が期待されていたからに他ならない。古代中国では鹿や鹿角に霊的威力を認め,これが墓中に侵入する悪鬼をはらい墓主人を守るとともに,死者の魂を天界或いは他界へと導引するものと信じ,鹿を殉葬し371
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