④ エイズと美術…エイズはいかに写真を変えたか一一ニコラス・ニクソンの作品を巡って一一一研究者:東京都写真美術館学芸員1 ニコラス・ニクソンの写真に対する抗議1988年,ニューヨーク近代美術館で開催された写真家ニコラス・ニクソンの個展「人々の写真(Picturesof People)」展に対して,ニューヨークのアクト・アップ(注1) のメンバーは抗議行動にでた。「コンテクストのない写真はもういらないjと題して彼らは美術館を訪れる人々に抗議声明を配ったのである(注2)。問題にされたニコラス・ニクソンの作品とはどんなものであったか。展覧会はアメリカを代表する写真家の一人,ニコラス・ニクソンのミッド・キャリア展ともいうべき回顧展で,ニューヨーク近代美術館の写真部門キュレーター,ピーター・ガラシが企画・構成し,カタログに論文を寄せている(1988年9月15日〜11月13日,その後,ボストン美術館,デトロイト美術館,サンフランシスコ近代美術館に巡回)。「人々(Peo-pl巴),1978-1982J「老人(OldPeople) J「我が家で(AtHome) J「ブラウン姉妹(TheBrown Sisters)」そして問題となる「エイズの人々進行中の作品からの抜粋(Peopl巴with AIDS : Excerpt from Work in Progress)」という五つのシリーズから成る。図録に掲載されているお点の作品の内,「エイズの人々」の写真は12点で,すべてトム・モランという若い男性のポートレイトである。ちなみに図録に掲載されている図版はオリジナル作品と同サイズで,写真印刷もできるだけオリジナルに近づけるよう試みられている。他のシリーズと同様,8×10インチの大型ビュー・カメラで撮影し,ネガをそのままベタ焼きして,微妙な諸調の細密描写豊かな作品に仕上げている。巧みなライテイングと背景の線の使い方は,いかにもフォルマリスト,ニコラス・ニクソンを思わせるものである。この展覧会の図録にキュレーターのビーター・ガラシは以下のように書いている。「(この作品は)1987年8月に始まり,被写体であるトム・モランの死によって1988年2月に終わった。すべてポートレイトは被写体と写真家の共同制作である。時間が経つにつれて,関係はより深まり親密なものになる。ニクソンが撮影を進めているエイズと共に生きる人々の多くは,これまであまりに多くの希望に裏切られてきたせいか,体裁をあまり気にせず,他の人よりも積極的に協力してくれた,とかつて彼は言って笠原美智子-29-
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