鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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立場だったのではないだろうか。当時,囲内でユステイが誰に何と非難されたのかは明確でないが,こうした事件とは別の次元で,ベルリン学派とユスティは方法論の点から棋を分かっていた感がある。ベルリン学派の流れを組むブルクハルトがヴァザーリ的な列伝型の記述を嫌い,「作品Jにたちあらわれる特徴の分析を志向していたことはよく知られている(注33)。ベルリン学派とそれに連なる学者たちが歩んだ、方法論とユステイのそれとの違いは我々にとって大変重要である。制作活動とは別の形で芸術に関わる「古代彫刻蒐集」の実相が研究される場は,作品の形態,形式,様式を手がかりにする方法には見い出し得ないからである。ブルクハルトからバトンを受けたヴェルフリンが決定付けた「作品」中心の潮流は後々まで根強く残り,たとえば,イコノロジー研究においても,研究の出発点に「作品jを定めることに変わりはなかった。確かにその薫陶を受けた後発の眼には,「制作」「作品」以外の美術の営み・経験も取り扱うユスティの研究は「文化史の域を出ないものj「ヴァザーリ的な伝記の伝統の延長線上にあるもの」「ロマン主義特有の天才概念に則った分析jとして映る(注34)それはまた,セアンやホベリャーノスにとって,パロミーノの一部の情報が「芸術家の芸術的に優れた部分」を記すには不可欠でないように思えたのと奇妙な相似形を示してもいる。しかし,方法論的な克服が取りこぼした部分もまた見逃してはならないだろう。おわりに以上,ベラスケスの「古代彫刻蒐集」を指標にして各著作・研究者の傾向を整理してきた。一方でこの作業は「古代彫刻蒐集」の二つの特徴を明確化する。一つには,パロミーノの場合に顕著なように,「古代彫刻」が規範であった時期が長いため,それを扱うことが特別の意味を持ち得る点,もう一方で,これは制作活動とは異なった美術への関わりであり,「作品」分析中心の方法論においては扱われる余地がなくなる点である。ベラスケス像は,これとの繋がり度合いによって異なった様相を見せる。揺動するベラスケス像の様相をこれと併せて細かく検討していく作業は次の段階となろう。今回の助成により,いまだ未熟な点も多いながら,美術史学の中で揺動するベラスケスのイメージに古代彫刻とその蒐集が果たす役割を検証してきた。同時に美術史学の構造・仕組み,力学との関わりを浮き彫りにする研究の第一歩を踏み出すこと20世紀後半,「古代彫刻蒐集」は再び注目されはじめる(注35)が,美術史学の中で414

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