もかかわらず,ゲイの病気である聞は見向きもしなかったメディアが,『タイムズ』や『ニューズウィーク』など,主要報道機関のほとんどが特集を組んだ。6年間,一言もエイズについての声明を発表しなかったレーガン大統領がこの問題に触れざるを得なくなった。財政危機を理由に僅かばかりのエイズ対策費しか組まず,おざなりの施策しか採らなかった公的機関が重い腰をあげざるを得なくなった(注6)。事実,これまでエイズに関する情幸Rやヘルス・ケア,ホ華々なサービスは,ゲイのボランティアを中心とした団体に依っていた。すでに82年にはニューヨークとサンフランシスコで最初のエイズ・サービスを目的としたボランテイア組織が組まれ(ニューヨークのゲイ・メンズ・ヘルス・クライシスとサンフランシスコのカポジズ−ファウンデーション),翌年には全米にボランティア団体が組織されていった。3 マス・メディアのエイズ表象「エイズ・パニック」を引き起こすことになるマス・メディアのエイズ表象とはいかなるものであったか。ポーラ・トレイチラーは「幻惑され恐怖を起こさせる:エイズとネットワーク・テレビjと題する論文でアメリカのネットワーク・テレビ、のエイズ報道・番組のパターンを分析している(注7)。カポジ肉腫の斑点が体中に出て,醜くやせ衰えて死んでいく若い男性の像はメディアが創り出したエイズ表象の典型的ステレオタイプのイメージである。逆に言うと,感染者であっても,エイズとすぐに推測できないような視覚的な印がない人,いわば健康そうに見える人は,表象の対象としてはずされたわけである(注8)。こうした表象が人々に植え付けたのは,非論理的な「恐怖」の感情である。写真と共に喧伝されたのはエイズがウイルスで感染すること,それが性感染を含むということ,そしてHIVポジテイヴの人聞がいまだ性的にアクテイヴであることを示唆することであった。それは彼らが害毒をまき散らしているかのような,恐怖の刷り込みを与える。ただでさえセクシュアリティにおける少数者として社会の周辺に位置づけられがちな彼らに対して,それが社会に潜在するホモフォピア(同性愛嫌悪)の感情を著しく高めて,彼らをより周縁に追いやることになってしまった。また輸血によって感染した人は,ゲイでも麻薬中毒者でも第三世界出身者でもない「罪のないイノセントなj患者とされ,しばしば前者は「自業自得jかのような捉え方をされた。エイズ=死という,致命的な不治の病であるかのような描き方は,様々な試薬が開発され,病32
元のページ ../index.html#43