広間中央に大仏を飾り,その左右の棚にずらりとブロンズ製品を陳列し,食堂には後にパリで買いつけて充実させた陶器のコレクションを飾っていたらしい(注32)。美術館発足当時のチェルヌスキ・コレクションは,彼の秘書が作成した4冊の手書き目録に記載されている。これには1873年以降に収集された陶磁器なども入っており,総数5062点を数える。第l巻に1450点,第2巻に1027点のブロンズ製品,第3巻に陶器1571,点,第4巻に陶製品,木製品など724点,絵画64点,デッサン・版画・写真帖などの登録32件,書籍140冊が,簡単な説明とともに記されている。ブロンズ2499点のうち477点,陶製品2327点のうち152点,合計629点が人物像の類であり,これはブロンズ製品の19%,陶製品の6.5%にすぎないが,西洋の展覧会の常識からして,極東美術展には彫刻絵画にあたるこれらこそが展示されていた可能性が高い。人物像の56%が,仏教図像や民間信仰像と思われるもので,この内の75%ほどが仏像で260体ほどもある(注33)。事実,美術雑誌『ガゼット・デ・ボザール』は,1873年10月「産業宮の中国のブロンズ製品J,11月「産業宮の日本のブロンズ製品」,1874観音像2体〔図5〕,男性像3体,動物に乗る人物像3体,内壁に人物が描かれた仏像厨子1点を銅版画の挿絵入りで紹介している(注34)。目録の説明書きから判断するだけでも,観音などの菩薩は110(ブロンズ92)ほどあり,モローが写した聖観音像のように「咲きかけた睡蓮の花をもっ」彫像も多い。1876年にモローがサロンで発表するサロメ像〔図6〕には,豪者な宝冠,その上にかけたベール,肌にかかる理瑠にも似た宝飾,ふせた眼差し,手にもつ蓮の花など,観音菩薩像に似た要素が見受けられる。モローの描いた多くの女性像や〈ジュピターとセメレー〉のジュピターまでが,仏像の蓮華に似た花をもっていたりする〔図7〕。目録に散見される龍,鳳風,狛犬,唐獅子,漠などの仏教美術上の架空動物は,しばしば「キマイラjと表記されている。モローはまた「キマイラ」をよく描いた画家でもあった。モロ一芸術と仏教美術の関係については,第53回美術史学会における発表(注35)や『ジヤボニスム研究』20号への寄稿で,あらためて論述する予定なので,ここではこれ以上の詳述を控えるが,チェルヌスキ美術館の4冊の古い目録から推察される「謎めいた人物像と突飛な動物たちの大通りJ(注36)であった1873年の極東美術展は,その後のモローの造形に大きな影響を与えたような気がしてならない。年1月「産業宮の極東,陶製品」と3回にわけで,この展覧会を詳しく論評した際,-428
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