鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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⑨ 明治前期石版画の研究研究者:早稲田大学非常勤講師増野恵子近年,明治期の石版画に対する関心が高まりつつある。従来文明開化期の歴史資料としてのみ扱われてきた石版画だが,その歴史や個々の作品についての分析が進むにつれ,明治前期の洋画や写真と深い関係を持ち,当時の視覚文化に重要な役割を担っていたことが徐々に明らかになっている。石版は,ともすると明治期の技術革新の過程で乗り越えられた過去の印刷術と考えられがちだが,明治前期に絵画的な作品によって一時代を築いたことを考えると,果たして印刷技術との関連だけで語られることが妥当なのか,改めて検討する必要がある。しかしながら,石版画に関してはこれまでにも若干の研究はあったものの,作品自体に則した研究や網羅的な資料化は全く行われてこなかった。石版を正しく明治期の視覚文化の中に位置づけるためには,現存作品の総目録化と分析とが急務である。そこで稿者はこの度の助成により黒船館,神戸市立博物館,川崎市市民ミュージアムの石版画コレクションおよび菰池佐千夫氏所蔵のコレクションについて調査を行った。このうち,黒船館,神戸市立博物館,川崎市市民ミュージアムの調査は石版画研究会(代表研究者:町田市立国際版画美術館,i可野実氏)と共同で作品閲覧の機会を得たそれぞ、れのコレクシヨンの概要は次のようなもので、あるO黒船館:キリシタン研究家で慶応義塾幼稚舎の舎長もっとめた吉田小五部氏の蒐集によるものである。石版画に美的な価値が認められていなかった昭和初期,たまたま友人から手みやげに贈られた二枚の石版美人画の独特の味に惹かれ,以来吉田氏が蒐集に力を注がれた。稿者はかつて黒船館の石版画300点余を閲覧させて頂いたことがあり,その一部をリスト化している(注1)。しかし,今回改めて調査したところ,実際の所蔵作品総数は800点を越すことが判明した。明治最初期の貴重かつ優れた作品を多く有するとともに,明治22年(1889)前後の石版画最盛期の作品までをおおむね網羅しており,黒船館だけで明治前期の一枚刷り石版画の全体像をつかむことができるといっても過言ではない。園内では最大規模のコレクションである。神戸市立博物館:大部分が池長孟コレクションのものである。石版術の導入に大きな役割を果たした玄々堂や彫刻会社,青野桑州,大蔵省印刷局製の作品をはじめ,京都府画学校で制作された石版画や岩橋教章関連資料など,明治10年代半ば以前の禁明-459-

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