鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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9作品のうち,3点を除いては制作年は明記されていないものの,そこに見られる(4) 静物表現:人物に比べて静物の描写はいずれの作品においても際だ、っている。材と描写するためのベラスケスの選択ではないだろうか。これらの人物の頭部は,各作品の中で様々な角度から捉えられている。〈三人の楽士〉〔図l〕から〈セピーリャの水売り〉〔図9〕に至る過程においてその人物の描写は変化してゆき,当初の硬い人物表現はやわらいでいくものの,全体的には人物はいずれも硬い表情の半身像で描かれている。例えば,〈三人の楽士〉と〈昼食〉〔図2〕に描かれる少年の笑顔は張り付いたような表情で不自然な印象を画面に与えている。画面内での人物同士の関連性は希薄で、,登場人物同士の視線やポーズには相互関係は認められない。あたかも一点ずつ準備された素描を組み合わせたかのようであり,実際にモデルを使って描いたデッサンと個々に制作された静物のデッサンとを組み合わせているかのように様々なパターンを作り出している。質の異なる粗末な日常のコップや木杓子,錫の措り鉢などが丹念な細部描写と強烈な光によって画面に再現され,それぞれの質感が見事に描き分けられている。そしてこれらの静物モティーフは,一連のボデゴンにおいて,角度や配置を違えて,繰り返し描かれており,この点でボデゴンの習作的,実験的位置づけが指摘されるのである。人物描写や画中の光の処理などから制作の順序を推測することができる。ボデゴンは,1618年から1622年までの4年間の聞に制作されたが,その最初の作品とされる〈三人の楽士〉から最後の〈セピーリャの水売り〉の聞には大きな変化が認められる。初期の作とされる〈三人の楽士〉や〈昼食〉に見られる硬く人形のような人物描写やピカロ的な笑いと強烈な明暗法は,〈マルタとマリアの家のキリスト〉〔図4〕,〈エマオのキリスト〉〔図6〕を経て次第に解消され,やがて〈セピーリャの水売り〉ではやわらいだ光の中で哲学者であるかのような真面目な表情の水売りが描かれる。初期に見られた異なる材質を描きわける見事な静物描写と人物表現の硬さというアンバランスさもまた次第に緩和され,人物表現は巧みになり,人物と静物の表現の差はなくなっていく。さらには,初期の2作品に描かれる少年のニタリとした,ピカレスク小説を想起させるような表情などは,この2作品以降は見られなくなり,人物はいずれも真面目な表情で描かれるようになり,〈セピーリャの水売り〉では,思索的な表情の人物表現へと集約されていくのである。-471-

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