鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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(1) カラヴアジオおよびイタリア絵画の影響(2) フランドル絵画の影響3 ベラスケスのボデゴンの成立要因このような作品の特徴を踏まえた上で,ベラスケスのボデゴンに影響を与えている事柄について従来の説を挙げながら,これらに関しての私見を簡単に述べる。ボデゴンの成立の背景には,(1)イタリア絵画,(2)フランドル絵画,(3)ピカレスク小説,の影響が従来より指摘されてきた。ベラスケスのボデゴンが,強い光によって暗い背景に人物や器物を浮かび上がらせる,いわゆる明暗法の影響を受けていることはすでに述べた(注3)。ベラスケスのボデゴン,特に初期の作品には時代的流行としての,あるいは実際の作品,または模写を通じてのカラヴアジオやその他イタリアの静物画の影響が見て取れる。実際にベラスケスがカラヴアジオまたはその模写を見たかどうかに関しては具体的な証拠は何もない。しかし,当時のセピーリャが外国の商館が立ち並ぶ貿易都市として繁栄していたこと,ベラスケスの師であり,義理の父であったパチェコの工房や邸宅が貴族や文化人などの知的階級の人々が出入りするサロンの役割を果たしていたことを考えるなら,ベラスケスがイタリアで生まれたカラヴアジオの明暗法を用いた自然主義絵画やその他のイタリアの静物画についての詳しい情報を知ることはできたと推測する(注4)。ベラスケスはこのような暗い空間における劇的な光を人や物の特徴やその存在感を際だたせるために,ボデゴンの初期において用いている。しかし,このような激しい明暗の対比は〈セピーリャの水売り〉に見られるようなより自然な光の処理へと変わっていく。ピーテル・アールツェンを初めとするフランドル絵画の影響は,おそらく,イタリア絵画の影響よりもさらに顕著であると考えられる〔図10〕。実際にアールツェンの作品が,版画として広く普及していたことはヤーコプ・マタムの作品からも明らかである〔図11〕。特にベラスケスの2点の宗教主題のボデゴンにおいては前景に風俗画の場面を大きく描き,後景に宗教主題の場面を覗かせる画面構成,前景の場面の風俗画の部分に描かれた静物に象徴的意味を持たせるといったやり方を踏襲していると言える。また,宗教主題以外のボデゴンにおいてもベラスケスは一見日常と見える場面に教訓的な意味を持たせているが,これもまた暗示するという意味でフランドル絵画の影響が認められる(注5)。さらに,その細部に渡る徹底した静物の描写もまた,これ472

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