鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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注(1) 本論で使用したベラスケスのボデゴンに関する主要文献は以下の通り。Peter Cherry 当たり前のことであったに違いない。そのような中で,優れた自然主義的な技法を用いてベラスケスが描いた教訓的なボデゴンは,知的階級の下層階級の人々の日常に対する興味を満足させると同時にそこに隠された教訓的意味を読み解いていくといった知的好奇心を満足させるものでもあった。ルネサンス以来の理想化された美しい絵画空間を背景にするのではなく,後景に宗教的場面を挿入するような方法だけでもなく,ベラスケスは,全くの現実,卑近な日常生活という場面に,従来の様なカトリックの伝統的象徴を用いるだけではなく,道徳的教訓を盛り込むという新しいスタイルを提示していると考えられる。庶民のつましい日々の生活を描いたかのようなベラスケスのボデゴンは,実際には画家によって厳選されたモティーフと考え抜かれた画面構成によって初めて極めて現実に見える世界となるのである。ボデゴンを通して執拘なまでに現実の世界に迫ろうとしたその背景には,理想主義というルネサンス以来の伝統的絵画をすべて吸収しつつ,独自の絵画のスタイルを創造していくべラスケスの足跡が顕著に示されている。またそこには,画家としての人生を歩み始めたばかりの若きベラスケスの自らの才能に対する自負と従来の絵画に対する挑戦的な思惑も存在していると私は考えている。イタリアやフランドルの静物画あるいは,風俗画が構図的,あるいは技術的面でベラスケス作品のヒントとなっていることは明らかであるが,それらを吸収しながらベラスケスはこれらボデゴンにおいて自らの自然主義的スタイルを獲得し,それはやがて,ベラスケス作品全体を貫くこの画家の絵画制作に対する基本姿勢になっていくのである。対外的には,これらの作品において,自然主義絵画の優位性を示唆し,あるいは当時のセピーリャの知識層(絵画作品を受容するであろう社会層)に対して絵画の新しい形を提示したと考えられる。そして,彼のこの自然主義絵画の地位の確立は,マドリードの宮廷において神話的主題への自然主義の挑戦となる作品,すなわち〈バッカスの勝利〉〔図15〕において,明らかに示されていくことになる。5 おわりにArte y Naturalezα− El Bodeg6n Espanol en el Siglo de Oro一,-475-

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