鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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ベテロとパウロ以外の使徒たちが組み入れられている例は,すでに初期キリスト教時代に存在する。とくに圧倒的な数にのぼる石棺の作例のうち,「城門型jグループとよばれるものがそれである(注11)。たとえばこのグループの最初期の例と考えられる4世紀末制作のミラノのサンタンブロージオの石棺では石棺がひとつのフリーズとなって十二使徒の行列があらわされ,その中央モチーフとして「トラデイティオ・レーギスjが配されている〔図9〕。名取四郎氏は,こうした使徒たちの行列に組み入れられた「トラデイテイオ・レーギス」を,石棺の中央モチーフとして取り上げられていた,十字架の上にモノグラム入りの花輪を配した「アナスタジスの十字架」に交代可能なものとして捉えている。そしてとくに,「アナスタジスの十字架jと「トラデイテイオ・レーギス」のテオファニックなキリストとの図像上の同義性を指摘し,一連の教会堂壁画群からの石棺などの小作品への図像の転用の可能性を示唆している(注12)。このように三人物のうち,キリストのイデオロジックな表現に解釈の重点が置かれるとすれば,転用される図像つまり教会堂のアプシスなどにあらわされた[トラデイティオ・レーギス」に,「ベテロの優'.1立↑生」よりもむしろ,いわばテオファニックなキリストに重点を置いた「復活後の栄光のキリストによる地上の全教会(ユダヤ人教会と異邦人教会)の再統一J(名取氏)を読み取る方が,「神の顕現」としての「マイエスタス・ドミニ」へと組み入れられていったプロセスを比較的容易に説明できるようにおもう。つまりシュマッヘルが述べているように,「トラデイティオ・レーギス」,におけるべテロへの律法の授与は,ペテロへの特権の授与すなわちローマ教会の正当性を意味するのではなく,たんなる律法の「言葉」の授与にすぎないと考える方が自然であり,ペテロが受け取る巻物は,キリストによる地上の教会への「新しき律法」の提示という使徒的特質を示し,ペテロとパウロは「新しき律法」の言葉を全世界に述べ伝えるものとして位置づけられるのである(注13)。そしてベテロとパウロ以外の使徒たちの存在は,このようなテオファニックなキリストに解釈の重点を置くことで説明が可能となる。クリストが述べているように,教会の支配統治の権利が,ペテロを通して「集団としての使徒全体」に与えられるという「コレジアリテ(集団指導制)Jの理念が提示され,彼らは「裁きを許された者たちJとして位置づけられるのである(注14)。508

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