2.スパンドレルの殉教聖女像と腰壁の殉教聖人像半円蓋の下のスパンドレルには,正面向きの殉教聖女が六人あらわされている。銘文の一部が残されている点から,彼女らがとくにクリュニー修道院で崇敬されていた殉教聖女たちであるのはまちがいないが,同時に「賢い乙女と愚かな乙女」の寓意を読み取るのも可能とみなされてきた。右端の聖コンソルテイア以外の五人が燈明を掲げているからである。しかしこれまでとくに,「賢い乙女」の図像伝統のなかでの具体的な位置づけはおこなわれてはこなかった。ロマネスク以前のこの図像は,「賢い乙女」と「愚かな乙女Jを五人ずつ左右に分けてあらわすのが基本的な構成だが,さらに彼女たちに有機的な動きを与えたり重なり合いによって前後関係を暗示するナラティヴなタイプと,中心に向かつて整然と左右から歩を進めるかたちであらわされたスタティックなタイプに分類される(注15)。ナラティヴなタイプには,12世紀カタロニアのペドゥレのサン・キリスがある。アプシスに設けられた開口部を挟んで,左側に五人の「賢い乙女」と花婿および一人の「愚かな乙女jが,右側に四人の「愚かな乙女jがあらわされている〔図10,11〕。「賢い乙女」たちは,婚礼の宴を暗示するテーブルの向こうに四分の三面観で座し,「愚かな乙女jたちは,一見硬直した立像ながらそれぞれ頭部の向きを微妙に違えている。スタティックなタイプには,スコットランド王立美術館所蔵のコプトのテキスタイル(5 世紀?)がある(注16)〔図12〕。中央の王冠をのせた王座に向かつて,左右から「賢い乙女jと「愚かな乙女jが一定の身振りで歩を進めている。図像内容の構成という点からいえば,ベルゼ・ラ・ヴイルの六人の殉教聖女たちは,サン・キリスとおなじである。サン・キリスの「愚かな乙女Jのグループのさらに右側には,建築モチーフの上に坐すエクレシアがあらわされておりこれがベルゼ・ラ・ヴィルの聖コンソルティアに相当するからである(注17)〔図13,14〕。しかし表現のタイプという点からみれば,正面向きの胸像は,およそサン・キリスほどの有機的で、ナラテイヴな性質はもたず,むしろスタティックなタイプとみなすのが妥当で、ある。ところがコプトのテキスタイルにみられるような,中心に向かつて左右から歩を進める一定の動きは認められない。燈明というアトリビュートが「賢い乙女Jを暗示するとはいえ,彼女たちの姿態のもつ硬直性はむしろ,その図像自体の系譜にあるのではなく,アプシス全体を構成する図像プログラムの形式に組み込まれた結果,与えられたものと考えなければならない。-509-
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