鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
521/763

ハU3.アプシスの図像の多層構成19)。祭壇は聖餐式用の食卓にあたり,アプシス開口部を縁取るアーチは天国のヴイジこうした正面向きの半身像のヴァリエーションは,腰壁の九人の殉教聖人像にも認められる。独特のカーテン・モチーフの向こうにあらわされた殉教聖人たちは,一人を除いて銘文が残っており,スパンドレルの殉教聖女とおなじく,クリュニー修道院でとくに崇敬されていた殉教聖人たちである。整然と横にならぶ彼らは,スパンドレルの殉教聖女像とともに,半円蓋の「トラデイテイオ・レーギスJがもっキリストを中心としたシンメトリックな構成とあいまって,アプシス全体に静的,位階的な印象を与える。これは初期キリスト教時代以来の,アプシスにおける図像構成の形式の流れを汲んだ、ものと考えられる。彼らがアプシスの最下層である腰壁に配されるという図像構成上の意味は,殉教聖人崇拝と祭壇との連関から考察できる。グラパールが述べているように,これは『ヨハネの黙示録J第6章9〜11節を典拠とする,殉教聖人崇拝とミサの犠牲が捧げられる祭壇との結びつきによるものである(注18)。パントマンによれば,そもそもアプシスとは皇帝謁見用のニッチに由来し,世界の審判者キリストの代理人である司教の権威を形象化する役割を担っていたという(注ョンが獲得される凱旋門とみなされるものであった。こうしたアプシス自体がもっ建築図像学的意味を考慮しつつ,アプシスの図像構成を考えるとすれば,必然的に,一見独立してならんでいるかにみえる静的,位階的な殉教聖人,殉教聖女像も,アプシスの図像プログラム全体のなかで,中心となる半円蓋やそれに準じた場所にあらわされた図像との意味上の関係をもちうると考えられる。すでに6世紀中葉制作の,ポレチ大聖堂のエウフラテウスのパシリカにその原型が認められる(注20)〔図15〕。アプシスの凱旋門型アーチの正面,上部の壁の中央に地球儀の上に坐したキリストがあらわされ,左右から十二使徒が中央に向かつて歩を進めている。その真下のアーチ内縁に沿う帯のなかに,「神の芸」を頂点として十二人の殉教聖女たちのメダイヨンがならんでいる。これら十二のメダイヨンは,当時の典礼上の祈祷文を反映し,上部の十二使徒と呼応している。つまり一見独立して配されているようにみえる殉教聖女たちは,アプシスの他の図像がもっ諸要素と連関しており,とくに当時の殉教聖人崇拝にもとづくミサの聖句を典拠としながら祭壇周辺で確立されていった,図像プログラムを構成する一要素であったと考えられるのである。こうした要素は,次第に当初のプログ

元のページ  ../index.html#521

このブックを見る