鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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また蓬莱的な意味合いが最も明解に視覚化された例として,朝鮮後期時代の作例「日月五岳図扉風」〔図3〕,「十長生図扉風」がある。両図とも,山岳は均質な塁線でくくられ,山肌には緑青が塗り込められており,唐風青緑山水の型が確められる。海も類型化した波文,群青を平坦にぬるなどグラフイツクに処理される。とりわけ「日月五岳図扉風」は,王座の後に立てられていた。これは日本の「山水扉風jが密教の濯頂の儀式に使用されたことに類似しており,皇帝を荘厳する道具として,吉祥的で神聖なイメージが選択されたと推定できる。このように,仏画の背景の山水表現や,非日常的な場を荘厳する絵画に選ばれた,パラダイスの表現には,青緑山水的表現が選択されたようだ。また,管見の限り江戸初期には,水墨画における牧諮様や馬遠様のように,青緑山水画は夏明遠の画法と認識されていたことが,黒田家伝来「唐絵手鑑筆耕園」60図l帖(東京国立博物館)によって確認できる。夏明遠は,界画の名手とされ(注10),現存作品は多くないが,大抵小画面の楼閣山水で、ある。本画冊各国の付筆には,狩野安信の鑑定で作者名が書されるが,夏明遠とされた画は2図ある。共に絹本の青緑山水で,団扇形の図〔図4〕は,瑞雲たなびく楼閣に,小さく細い人物が多数描き込まれている。方形の図〔図5〕は,下方に画面右の岩山にむかう馬に乗る2人物が描かれ,岩山は群青より縁青が中心で,金泥の均質な細い線が墨の輪郭線を括る。なお,黒田藩御用絵師,狩野昌運筆「百流之絵鑑」(筆耕園)101図2帖(福岡市美術館)(注11)なる,古画(中国画)を江戸狩野派風の筆致で臨模(模写でなく当時各中国画人の特徴を示すと考えられていた画題とモチーフを写す)した作品が現存する。この内「夏明遠」とある2図は,円形〔図6〕の方は鮮やかな緑青,群青が,団扇形〔図7〕の方は白緑,白群が施され,色調は異なるが,代緒から緑青,群青へのグラデーションがみられ,金泥の括りが神経質な細い線で施され,点景人物を4人配した「仙山楼閣図」に置き換わっている。因みに,夏明遠とされる楼閣の図などが「探幽縮図Jにも数カ所みられ,大岡春卜『董巧i替覧』にも「明遠が楼閣」とある。舶載時期は不明だが,伝夏明遠筆「銭唐観潮図」(根津美術館)は,禅僧達の賛を持つ金碧青緑山水である。少なくとも江戸初期の狩野派の古画鑑定,模写や粉本制作において,夏明遠は界画の名手と理解され,故に,神仙(一種のパラダイス)を表した「仙山楼閣図J(界画調の楼閣と針のような線で描かれた点景人物)と,それに相応しい青緑山水画風を得意とした画人と認識され,漢画のー主題となっていたといえよう。こうした表現524

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