鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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も考察に加え,この研究が,今回得られた成果にとどまらず,今後さらに異なるケースにおいても応用できる性質のものであることを示したいと思う。1 .ニスロンとポッツォの技法上の違い(注l) 大規模なアナモルフォーズ絵画として,今日まで現存するのはローマに残る2点しかない。一つは,サンテイツシマ・トリニタ・デイ・モンティ教会付属コンヴェントの中の廊下の一本に残る作品でありエマニュエル・メニャン神父によって1642年に描かれた〔図1〕。廊下の入口からは,樹下で祈る聖フランチェスコ・デイ・パオラ(同教会のミニモ会の創始者)が目に入るが,一歩ずつ廊下の奥へと歩を進めるごとに,聖人の姿は激しく歪んでいく〔図2〕。もう1点は,コレッジョ・ロマーノ神学校の廊下状の小部屋にある。これはアンドレア・ポッツォ神父によって描かれたもので,制作時期は1682年頃と推測される。この廊下には中央に設定視点(ただこのl点において遠近法の仕掛けが成立する点)があり,よって当然,そこから離れた地点においては,天使やプットーたちも激しく歪んだ姿で目に映る〔図3〕。前者のメニャン作品を制作する際に用いられた技法は,メニャン自身が残した図版によっても明らかである〔図4〕(注2)。画家は転写に必要な下図を用意し,それを廊下の端に固定した設定視点から,廊下の反対側の側面へと転写する。通常の絵画と異なり,設定視点から画面へと向かうベクトルと画面白体が直角の関係にないので,転写された画面は自ずと歪んだ台形になる。2.ニスロンとポッツォの理論上の違い(注3)一方,ポツツォのアナモルフォーズ作品の制作技法は,彼が残した著作中には出ていないので,彼の作品で唯一転写段階についても説明があるサンテイニャツイオ教会天井画を手掛かりとせざるをえない。この天井画の転写技法に関するポッツォ自身の説明にも暖昧さがあり(注4),よって考えられる方法を諸条件に照らして消極的に選択するほかはないが,そこで明らかとなったのは,おそらくポッツォはこの天井画を,投影転写と直接描画の2方法の併用によって描いたという可能性である〔図5〕。つまり,半円筒寄蔭の上部は投影転写により,そして残りの周縁部はコストルツィオーネ・レジッティマと通称される伝統的な遠近作図法の応用による直接描画によるというも-559-

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