鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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3.ニスロンとポツツォの思想、上の違い(注9)さて,こうした技法と理論上の両者を再度見てみれば,そこには明白な違いがあることに気が付く。まず,ニスロンとメニャンの転写方法の図版においては,転写にかけるべきオリジナルの下絵があった。画家は,あとは単にそれを壁面に転写すればよい。しかし通常の壁面転写と異なり壁面が絵画面と並行関係にはなく直行しているというただこのl点において,転写されたものはアナモルフォーズ絵画としての性質を獲得する。この転写段階によってのみ,ニスロンの椅子のアナモルフォーズ作図で見たと同様の,人工的に視点距離を近づけたのと同じ効果が結果的に得られる。一方ポッツォは,こうした作業の対極にある。すでに見たように,考えられる彼の二つの方法のいずれも,正常なものをわざわざ意図的に歪める方法ではなく,上記のAの方法であれば天井画と同様に,作図段階と転写段階の双方において結果的にアナモルフォーズの効果は得られ,あるいはBの方法であれば,描く先の壁面の形状に合わせて,作図段階において理論上の結果をあらかじめ得ることができる。つまり,ニスロンらが正常な遠近法で得られた下図を,転写段階でわざわざ〈歪めている〉のに対して,ポッツォの場合は直接に得られたものがすでにく歪んで、いる〉のである。これはニスロンの遠近法が主に転写段階に重きを置いているのに対し,ポッツォが作図段階を中心課題に据えているという両者の違いをそのまま反映している(両者のこの違いは,そのまま両者の著書において各段階が占めている割合の違いともなっている)。結論を急げば,ここからわかることは,ニスロンらがく正常なるもの〉を加工して意図的にく歪めるもの〉へと変換しているのに対し,ポッツォはく正統なる(=レジツテイマな)行為〉の副産物として結果的にアナモルフォーズの効果を得ているという違いである。言い換えれば,アナモルフォーズという驚博の魔術は,前者ではく純粋なる光学魔術〉として追求され,一方後者においてはく正統なる再現行為の副産物としての魔術〉として生まれたのである。4.ホルパインの〈大使たち〉におけるアナモルフォーズ再考(注10)前章までで得られた考察結果は,アナモルフォーズという特殊な遠近法空聞が内包する意味内容という次なる問題へとつながっている。この問題を扱うためには,先行研究が最も多くなされてきたアナモルフォーズ作品であるハンス・ホルパインの〈大561-

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