アニタスVanitas)のみによる一元的な構造とは読んで、いない。すなわち,非遠近法空使たち〉を選んで再考することが最もふさわしい〔図9〕。1533年に描かれたこの作品には,骸骨のアナモルフォーズが挿入されている。この骸骨の正しい鑑賞方法については諸説があっていまだ決着を見ていないが,重要なのは,ある特殊な鑑賞法によらないかぎり,骸骨が正常な骸骨として出現しないという点である。言うまでもなく,設定視点ただl点のみにおいて,骸骨のアナモルフォーズははじめて骸骨の図像として機能するのである。つまり,この作品が持つ通常の視点は,画面中央のいわゆる中央消失点へと収束する通常の遠近法空間のみを成立させるのであって,もちろん骸骨のそれではない。通常の遠近法空間には大使たちのいる空間が拡がり,それはあたかもわれわれのいる現実の空間の延長であるかのように設定されている。そしてこの絵画に隠されたさまざまな対立の軸を詳しく見ることによって,正常な遠近法空間には二つの異なるく生〉の姿の対立が描かれており,さらにその背後に不吉なるく不調和〉が影を落としていることがわかる。そして骸骨のいる正常ならざる歪んだ遠近法空間では言うまでもなくく死〉がこちらを見ている。5.ホルパイン〈大使たち〉における3種の遠近法空間と指示内容(注11)そしてこの作品においてもう一つ重要な位置を占めているのが,画面左上隅にかすかに見える銀の疎汗IJ図である。この空間の描写面で重要なのは,この空間が,その奥にある空間を感じさせないほどに小さいことである。さらに十字架とそのまわりの空間を仔細に見れば,あたかもそれは,そこに空間など無いことを強調するかのごとく,立体感も奥行きも感じさせない描写がなされている。つまり,そこはく歪んだ遠近法空間〉でもなければ,〈正常な遠近法空間〉でさえないともいえる。それは遠近法空間など無い空間,つまりく非遠近法的空間〉なのである。この3者を頂点とする三角形を考えてみる〔図10〕。そうすれば,それらの空間がそれぞれ持つ意味からも,この3者が対等な比重を持つく指示内容による三角形〉をもなしていることがわかる。つまり,筆者はこの作品を,もはや生と死の対立という〈ヴ間spazionon-prosp巴tticoにおける十字架は,正常な遠近法空間spazioprospettico nor-maleにおけるく二つの生の対立vitalitaspirituale/vitalita reale)とく不調和disaccordo)に対するく神の優位性superioritadi Dio)ととることが妥当で、あり,また同時に正常な562
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