7.コスタ〈凱旋〉における3種の遠近法空間と指示内容(注16)さて,異なる遠近法空間が,異なる指示内容をもっというこの視点は,はたして他の作品へと応用がきく性質のものであろうか。ボローニャのサン・ジャコモ・マッジョーレ教会に残る,ロレンツオ・コスタによる2枚の凱旋図〔図11,12〕は,ベトラルカの『凱旋』歌集(注17)をもとにしたいわゆるく凱旋図像〉の中でも,もっとも謎めいた作品のーっとなっている。ここに描かれたく死〉とく名声〉の凱旋は,ペトラルカの原典にある描写からはもとより,〈凱旋図像〉の伝統からも大きく離れている。そのため,これまで幾つかの解釈が試みられてきたにもかかわらず,いまだ決着をみるに至っていない。そこで解釈のための手段のーっとして,本研究のテーマたる異種の遠近法空間による解読をこのケースに応用してみる。まず第一に,画面の下半分に展開されている二つの凱旋場面をみてみる。この画面枠を切り取っているアーチの上部には,下端が隠れたメダイヨンなどがあることなどからもわかるとおり,アーチの疑似建造物の厚みを錯覚させるためのだまし絵の工夫がなされている。つまりこれは,観察者をして,手前右に広がるく死の凱旋〉場面と,左前面のく名声の凱旋〉場面とが,あたかも二つのアーチの向こうに拡がる現実の空間であるかのように感じさせるための工夫である。画面奥には広大な谷が広がり,左右に向かうに従つてなだらかな正となり,両端では険しい山がそそり立つ。言い換えれば,この両場面は私たちのいる世界の延長にほかならず,つまりはく名声/死〉という〈ヴァニタス〉にも通じる不吉なる主題が実は日常的なものであることを示唆しているととることができる。一方,〈死〉の上に展開されるマンドルラ(アーモンド)は,凱旋場面に用いられたような正常なる遠近法は用いられておらず,奥行きのない空間によって支配され,あたかもすべてが雲の中にいるかのように思われる。そこに描かれた三位一体などの解読作業を省略して言えば,この非遠近法空間には,ホルパイン作品の非遠近法空間と同様,ここでもく神の許し〉が,そしてく神の国の永遠性〉が描かれている。残るは長らく謎となっていた,〈名声〉の上部に描かれたトンド(円形画)であるが,ここは,奥行きはあるが,いわゆる正常な遠近法規則からは大きく外れた寄妙な遠近法によって支配されている。ならば指示内容と時間軸も他とは異なるだろうという推担肋、ら,正常なる遠近法空間に展開されたく現在〉とも,非遠近法空間に展開された-564-
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