鹿島美術研究 年報第17号別冊(2000)
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ジ、が上部へ広がってゆく様子は,「色彩の炎」(クラウス)と言っても良さそうだ(注16)。だが,この見え方は,ルイスの絵画の置き方に大きく依存している点に注意すべきである。ルイスの絵画は上下逆さに置かれる場合がある。その時の印象は正反対だ、。同シリーズの代表作〈サラバンド〉をめぐる混乱はこの点に大きく関係している。〈サラバンド〉の掲載方法は2種類存在する。下部でつなぎ止められたイメージが上部へ広がる方向で掲載される場合と,その逆の場合〔図3〕の二つだ。クラウス(注17)は前者,フリード(注18),ジョン・エルダーフィールド(注19),グッゲンハイム美術館(注20)は後者,カタログ・レゾネは,拡大図版(注21)では後者だが,図版一覧(注22)では前者の立場をとっており,編集したダイアン・アップライト自身も前者の立場に立つ(注23)。〈サラバンド〉は最初ウィリアム・ルーピンが購入し,現在はグッゲンハイム美術館が所蔵する作品だ。アップライトによれば,ルイス本人やグリーンパーグは前者の設置の仕方を好んだが,ルーピンが説得して,逆の置き方をルイスに承諾させた。実際,後者の置き方だと署名の文字の上下方向が正しくなる(注24)。アップライトはルービンの干渉を強調するけれども,ルイスが署名したという事実を忘れてはならない。ルイスは普通署名しない。というのも画面に署名することによって絵が設置される方向を明示するのを嫌がったからだ。それは,自分の考えが将来変わる可能性を残しておきたかったし,他人にも同様の可能性を持ちながら作品を見てほしかったからだと言われている(注25)。それにもかかわらずあえて署名したことは,ルイスの決断を示していると言えるのではないか。ルイスの決断と異なる置き方をしているのは,視覚性を強調するクラウスとアップライト(注26)だけである。このように置くから視覚性が強調されるのではないか。置き方の問題は他の作品にも見られる。エルダーフィールドの画集には,7点のヴェール・シリーズの図版がレゾネと異なる上下方向で掲載されている(注27)。それらの作品は,視覚的イメージを上方に立ち上げることなく,逆に,重力で絵の具が下方に広がった制作時の状況を追体験させる。垂れ下がるヴェール絵画は,フェルトを壁に貼り付けたロパート・モリスの作品を思わせる〔図7〕。時間とともに下方へ垂れてゆくモリスのフェルトのように,ルイスの絵画もまた,作品体験にある種の時間性を付与するのではないか(注28)。以上から分かるのは,ルイスの絵画それ自体はフォーマリズムではないということ-47-

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